なぜ予備試験に五回も不合格になったのか? 不合格のループから抜け出す方法
教科書も、問題解説も読めていなかった
2013年(大学4年時)→不合格(短答落ち)
2014年(社会人1年目)→不合格(論文落ち)
2015年(社会人2年目)→不合格(短答落ち)
2016年(社会人3年目)→不合格(短答落ち)
2017年(社会人4年目)→不合格(短答落ち)
2018年(社会人5年目)→予備試験最終合格
という不合格のループ。
今振り返ってもぞっとします。
「一生受からないのではないか?」
何度も思いました。
短答すら満足に受からない有様ですから。
この間、仕事もありましたが、自分なりに時間を作って毎日勉強していました。
短くても最低1~2時間程度は、本を開き勉強していました。
合格体験談を読んで「過去問が大事」「同じテキストを繰り返すことが大事」だとわかったので、それに従って「自分なりに」頑張ってやりました。
でも、本番では結果が出ず。
何度か問題集を回すうちにちゃんと解けるようになっていました。
解説も理解しているつもりでした。
「過去問であれば」合格点をとれる状態でした。
でも、全然受からなかった。
教科書もわかっていると思っていました。
「教科書に『書いてある』こと」は答えられたので。
でも、点数は一向に伸びませんでした。
激変した2017年冬、そして2018年春・夏
なぜ成績が上がらなかったのか。
その原因に気が付いたのは、2017年秋です。
数人の司法試験受験生と一緒にゼミをやってからです。
「自分は『条文に対する意識』が圧倒的に弱すぎた・・・」
教科書に書いてある論点解説・問題集の問題解説は、いずれも「その問題」に対する解説でしかありません。
それ以外の問いについては、必ずしも直接的な関係性を持ちません。
しかし、「条文」は、あらゆる法律問題の根底にあります。
「条文」に対する理解が不十分では、論点解説も問題解説も単なる暗記学習です。
「基本的な事項を前提とする理解」は、絶対に成立しません。
私が5回も不合格になったのは、これが原因でした。
いくら教科書や問題集で知識を増やしても、「条文」を基準にして整理できていなければ、それらが有機的に機能することはありません。
解いたことがある問題は解けても、そうでない問題に対応できないのは当然です。
「条文が大事」とは言われるものの、教科書や問題集の内容は、紙幅の関係上、「基本的な事項」の説明を省略しがちです。
司法試験の採点実感でも度々指摘される「基本的な事項」の理解を誤ってはいけません。
私と同じように不合格のループにはまるからです。
本に書いてある「基本的な事項」は、必ずしも真の「基本的な事項」を含んでいません。
「条文に対する意識」「条文に対する理解」は、当たり前のことであり、自分はできていると思いがちです。
しかし、不合格のループへの入り口は、案外意外なところにあるものです。
ABprojectは、一人でも多くの受験生を不合格のループから助け出すこと、そして、不合格のループに入れないことを目指し、日々「法学の基礎基本にこだわった添削指導」を続けています。
5分でわかるあなたの合格基礎力~2022年の司法試験合格を目指す人へ~
答案の出来は、設問の読み方で6割方決まる
司法試験の公法系第二問(行政法)では、多くの方が「時間制限」に悩みます。
その原因は、どこにあるのでしょうか。
1つは知識不足。
もう1つは、演習不足。
書くのが遅いというのは、あまり大きな要因でないと思います。
筆力というよりも記憶喚起や思考整理に時間がかかっていることがほとんどだからです。
ところで、「時間制限」の壁をクリアできるかどうかは、「『ある一部分』を読んで何を考えるか」を見ればだいたいわかります。
今回のテーマである「5分でわかるあなたの合格基礎力」とは、このことです。
設問を読んで何を考えるか?
設問を読んで何を考えるか、がここでの問題です。
当たり前すぎるのですが、ここで考えるべきポイントを絞り切れていないから、長い問題文や複雑な議事録、参考条文に振り回されてしまうのです。
例えば、平成30年の公法系第二問の設問を見てみましょう。
この設問を読んで最初に整理しないといけないのは、当該事例の主たる事実関係です。
〔設問1〕
B市長が本件申請に対して本件許可処分を行い、D及びEが本件許可処分の取消しを求めて取消訴訟を提起した場合について、以下の点を検討しなさい。
①「B市長が本件申請に対して本件許可処分を行った」、②「D及びEが本件許可処分の取消しを求める取消訴訟した」ことから登場人物や大まかな法律関係がわかります。
また、①から「本件申請や本件許可処分とはどういうものなのか?」「その法的根拠(おそらく資料)は何か?」が気になるはずです。とすれば、自ずと次に探すべき情報は、わかります。
「本件申請等の内容(→問題文)」
「その法的根拠(→関係法令の中に紛れている条文)」
を見つければいいのです。
また、②からは、取消訴訟がからんでいることから「その訴訟要件」「本案要件」が問われるのかな?と推測できます。なお、取消訴訟の訴訟要件は行訴法を見ますね。そして、本案要件は、主に資料中の条文で与えられるでしょう。
設問中の柱書を読んだだけで、かなり書くべきことの枠組みは明らかになったと思います。
具体的に設問を読みましょう。
(1) D及びEは、上記取消訴訟の原告適格があるとして、それぞれどのような主張を行うと考えられるか。また、これらの主張は認められるか。B市が行う反論を踏まえて、検討しなさい。
まずは(1)。
「D・Eの取消訴訟上の原告適格」がテーマです。言われなくても、問題になり得ることはわかっていなければいけませんね。この設問は、検討対象を限定してくれているだけです。
そして、書くことは「D・Eそれぞれについて」「その主張」と「その成否」です。
ここで意識すべきなのは、「主張」と「成否」の区別です。
前者は検討すべきDないしEの具体的主張です。後者はそれに対する法的評価ですから、条文から導ける規範に照らして検討する必要があります。
前者は、DないしEの言い分を聞く必要があるので問題文や議事録を読まないといけません。闇雲に読まず、必要な情報を探します。後者は、無論、行訴法9条1項2項です。条文を引くまでもなく書けるでしょう。
ここまでの話で設問1(1) でやるべきことは、固まりました。
ここでB市の反論です。
反論を苦手とする人が意外と多いのですが、そういう人は、なぜB市が反論するのか考えてみましょう。
それは、D・Eの原告適格を否定するためです。
では、どうしたら原告適格を否定されるのでしょうか。
そうです。要件を満たさないときです。
1つでも要件を満たさなければB市の目標は達成ですから、ポイントを絞って要件不充足を主張しましょう、となるわけです。
続いて、(2)。
(2) 仮に、Eが上記取消訴訟を適法に提起できるとした場合、Eは、本件許可処分が違法であるとして、どのような主張を行うと考えられるか。また、これに対してB市はどのような反論をすべきか、検討しなさい。
少し受験テクニック的な話をすると、「Eが・・・適法に提起できる」という前提で問題が続く場合、(1)のEの原告適格も認められるとして結論的には問題ないと思われます。あり得ない結論を前提として設問が作られることは考えにくいからです。
さて、(2)は、本件許可処分が違法であるとするEの主張を書くように言われています。
「本件許可処分の法的根拠は資料に挙げられる条文だろう」という予測は既にしています。
そして、本件許可処分が違法であるという主張なので、数ある条文の中からそれを基礎づける「要件」を探し出そうと考えればいいのです。この程度まで整理していないと、問題文や議事録の誘導に振り回されてしまうかもしれません。
B市の反論は、上記同様、要件を基準に考えます。
Eが違法を主張するなら、B市は適法を根拠づける要件主張をするべきだと考えられるでしょう。
続いて設問2。
〔設問2〕
B市長が本件申請に対して本件不許可処分を行い、Aが本件不許可処分の取り消しを求めて取消訴訟を提起した場合、Aは、本件不許可処分が違法であるとして、どのような主張を行うと考えられるか。また、これに対してB市は、どのような反論をすべきか、検討しなさい。
まずは、設問1と同様に事実関係等を把握します。
「B市長が本件申請に対して本件不許可処分を行った」
「Aが本件不許可処分に対して取消訴訟を提起した」
というところが問題です。
頭に思い描く道筋は、設問1と同じです。処分の内容・根拠条文を整理した上、問いの内容に進みましょう。
〔設問2〕
B市長が本件申請に対して本件不許可処分を行い、Aが本件不許可処分の取り消しを求めて取消訴訟を提起した場合、Aは、本件不許可処分が違法であるとして、どのような主張を行うと考えられるか。また、これに対してB市は、どのような反論をすべきか、検討しなさい。
設問1(2)と問いの構造は同じですね。
本件不許可処分の根拠条文に照らし、「要件を基準にして」、本件不許可処分の適法違法の主張を戦わせましょう。
このとき、問題文や議事録は「何を書けばいいのか?」を一から教えるものではありません。
条文・判例だけでは埋められない論述の隙間を埋める材料を提供してくれるものであり、答案構造の細部を詰めるヒントを与えてくれるものです。
令和2年刑事系第二問の採点実感を読んでみた~その5~ コメントお願いします
採点実感を読んでみたシリーズ、これにて終了。
採点実感を通じて「司法試験でも基礎基本が大事」をお伝えするために始めた当シリーズですが、一人でも多くの方に伝わっていれば嬉しいです。
難解な知識を嚙み砕いてくれる人を探すのではなく、難解な知識を噛み砕ける人になってもらえたらと願っています。
そのためには、「法学の基礎基本」。
ABprojectは、今日も地道に活動しています。
(赤字は筆者)
※その1、その2、その3、その4もご覧ください。
〔設問3〕では,平成24年判例及び平成25年判例が,前科事実や併合審理されている類似事実を犯人性の証明に用いることが許容される場合について示した,類似する犯罪事実が「顕著な特徴」を有し,かつ,その特徴が起訴に係る犯罪事実と「相当程度類似」している必要がある旨の判断基準については,おおむね適切に論じている答案が相当数見受けられた一方で,上記判断基準自体に関する記述が不十分・不正確な答案も少なくなかった上,類似事実による犯人性の証明が許容されないとされる理論的根拠や,上記判断基準を満たす場合には類似事実による犯人性の証明が何故許容されるのかについての理解が不十分・不正確な答案が少なくなかった。
→判例の知識が不十分なまま本番でしっかり書ききることは、難しかっただろう。上記のような指摘を受けてしまう答案が少なくなかったのはやむを得ないと思う。司法試験では、少々「手が出ない問題」もあると知るべきである。ただし、平成24年判例や平成25年判例を読んだことがある程度には、学習を進めておくべきだったのではないか。
また,本事例が,上記判例の各事案とは異なり,起訴されていない余罪に関する類似事実を犯人性の証明に用いようとしている場合であるという違いに留意しつつ,判断基準を具体的事実に当てはめることができている答案が少数ながら見られた一方で,多くの答案が,判例の事案との相違を意識できておらず,X方における事件に関するWの目撃供述を「前科証拠」などと誤解して記述する答案も少なくなかった。
→Wの目撃供述を「前科証拠」などとしてしまう答案は、ダメな答案である。必要な知識がなかったことは仕方がない。しかし、「前科証拠」か否かは、問題文を慎重に読めばわかったはずである。それを見落としてしまうのは、やってはいけない「間違い」である。
さらに,〔設問3〕ではWの証人尋問請求の可否を問われているにもかかわらず,出題の趣旨を把握できずに,伝聞法則について大々的に論述する答案や,Wの証人尋問の必要性を主に論ずる答案が散見されたのは残念である。
→「伝聞法則について大々的に論述する答案」は論外である。なぜ伝聞法則があるのか全く分かっていないからである。また、Wの証人尋問の必要性について検討することは必ずしも間違いとは言えないが、これが主に論ずべき点でないことは、問題文から読み取ってもらいたかった。これは、一種のバランス感覚だろう。
検察官によるWの証人尋問請求に対して,弁護人の証拠意見を踏まえて裁判所がこれを認めるべきかを問われているのであるから,Wの証人尋問請求を認容すべきであるのか,却下すべきであるのかの結論まで的確に述べる必要があるが,この点が不十分・不正確な答案も少なからず見受けられた。
→問いには答えなければならない。以上。
3 答案の評価
(略)
4 法科大学院教育に求めるもの
本問において求められていた法曹になるための基本的な知識・能力は,昭和59年判例,平成元年判例,昭和53年判例,平成24年判例,平成25年判例などの最高裁の基本的な判例に対する正確な理解や,自白法則及び違法収集証拠排除法則といった,証拠法において基本的で重要な原則に対する正確な理解であり,法科大学院教育を受け,原理原則に遡って理解を深めた者であれば,理論的に決して難解な問題ではないはずである。今後の法科大学院教育においても,刑事手続を構成する各制度の趣旨・目的について,最高裁の基本的な判例を踏まえて,原理原則に遡り,基本から深くかつ正確に理解すること,それを踏まえて,関係条文や判例法理を具体的事例に当てはめて適用する能力を身に付けること,自説の立場から論述の整合性に配慮しつつ論理立てて分かりやすい文章で表現できる能力を培うことが強く求められる。
→「基礎基本を徹底せよ」というメッセージである。これは、刑訴法だけの問題ではない。あらゆる科目で指摘されていることである。しかし、あらゆる科目でこのような指摘がされているのは、法科大学院生等がいかに基礎基本を疎かにして法律学習を進めているかを示すものでもある。自分は違うと思わず、見直すことを強くおススメする。
また,刑事訴訟法においては,刑事実務における手続の立体的な理解が不可欠であり,通常の捜査・公判の過程を具体的に想起できるように,実務教育との有機的連携を意識し,刑事手続の各局面において,裁判所,検察官,弁護人の法曹三者が具体的にどのような立場からどのような活動を行い,それがどのように関連して手続が進んでいくのかなど,刑事手続が法曹三者それぞれの立場から動態として積み重ねられていくことについて理解を深めていくことが重要である。
→一連の手続の流れや当事者の関わり方を多面的に学ぶことは、訴訟法において必須である。その際には、ただただ知識を眺めるのではなく、当事者の立場に立ち、「その心」を想像するような学習の仕方が必要ではないだろうか。
※「法学の基礎基本」を徹底的に学べるのはABprojectの添削指導だけ。
令和2年刑事系第二問の採点実感を読んでみた~その4~ 間違いの原因
間違える原因はいつもその一歩前にある
法律学習でやりがちな間違いは、間違えた原因を認識しないまま学習を積み重ねてしまうことにあります。
「規範をおぼえていなかった」「あてはめでミスした」原因は、思っている以上に基礎的な部分に問題があることが多いです。
一事が万事です。
一つのミスの原因を正確に認識することは、飛躍へのきっかけになります。
(赤い字は筆者)
〔設問1〕においては,任意同行後の被疑者の任意取調べの適法性が問われているのであるから,刑事訴訟法第198条に基づく任意捜査の一環としての被疑者の取調べがいかなる限度で許されるのかについて,その法的判断の枠組みを示す必要がある。多くの答案は,昭和59年判例の,第一に,「強制手段によることができ」ず,第二に,強制手段を用いない場合でも,「事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度等諸般の事情を勘案して,社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において,許容される」という二段階の判断枠組みを意識しつつ,事例に現れた具体的事情を拾い上げて上記判断枠組みに従い相応に当てはめて結論を導いていた。
→添削していて思うのは、いわゆる「書けている答案」でも、書けているから終わりではもったいないということである。「書けている答案」でも異なる事実評価や異なる視点からの論述の可能性等を探ることによって、更に論述の幅があることを知ることが出来る。将棋で言う「感想戦」みたいなものだろうか。「合格答案と同じように書けた」だけで満足してしまうのは、もったいない。もう一歩踏み込んで深く検討する姿勢が真の実力につながると思う。
しかしながら,本件取調べが実定法上のいかなる規定との関係で問題になるのかをおよそ意識していない答案が散見されたほか,昭和59年判例の判断枠組みに全く言及することなく,問題文の事情を漫然と羅列して結論を出している答案や,最決昭和51年3月16日刑集30巻2号187頁(以下「昭和51年判例」という。)が判示する,「必要性,緊急性なども考慮したうえ,具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される」との判断基準を何の説明もなく用いる答案が少なからず見受けられた。立場によっては,昭和51年判例の示す判断基準を用いるとの判断もあり得るであろうが,昭和59年判例は,任意同行後の被疑者に対する任意取調べの限界に関する事案であるのに対し,昭和51年判例は,警察官が,任意同行した被疑者に対して呼気検査に応じるよう説得していた際に,退室しようとした被疑者の左手首をつかんで引き止める,という有形力の行使が問題となった事案であって,判例の判断基準を用いるに当たっては,それぞれの判例において判断の前提となっている事案が異なることや,当該判断基準を任意取調べの場面において適用することの理論的根拠をも意識する必要がある。
→実定法上のいかなる規定との関係で問題になるのかおよそ意識していない答案は、論外である。条文から考えるのは、法学の基本中の基本だからである。また、昭和59年判例と昭和51年判例との相互関係は、条文におけるそれと同様に考えられる。例えば、逮捕について199条と212条を区別することなく適用しようとするだろうか。しないはずである。それぞれその適用対象を異にするからである。判例も同様に考えるべきである。「判例は、具体的事実関係との関連を踏まえて学ばなければならない」などと言われるが、それは、条文と同じように考えなければならないということである。「判例『法』」であることを意識すべきである。
また,下線部①の取調べが強制処分に当たるのかを検討するに当たり,「相手方の明示又は黙示の意思(ないし合理的に推認される意思)に反して」「重要な権利・利益を実質的に制約する処分」かどうかという有力な学説の示す定義を用いて検討しながら,甲が取調べに応じる旨明示的に述べており,取調べを拒否する申出をしていないので甲の意思に反しないと安易に結論付け,甲の黙示の意思(ないし合理的に推認される意思)に全く言及しない答案や,長時間にわたり徹夜で,更に偽計をも用いて行われた本件取調べが甲のいかなる権利・利益を制約するのか(あるいはしないのか)についての検討が不十分な答案が少なからず見受けられた。
→検討が不十分であった点について「自覚的」であったか「無自覚的」であったかが問題である。言うまでもなく、刑訴法は、書かなければいけない分量が多い。意図的に不十分な論述にとどめ、他の論点に紙幅を割くことも戦略である。
さらに,強制処分該当性の検討に際して,下線部①の取調べが「実質逮捕」に当たるかと問題提起し,実質逮捕に当たり刑事訴訟法第199条や令状主義に違反することのみを指摘して違法と結論付ける答案が相当数見受けられたが,任意同行が実質的な逮捕であるとすると,そのことと刑事訴訟法第197条や取調べに対する規律である同法第198条との関係,すなわち,実質逮捕と取調べの適否との関連に言及せず,本件の取調べのために用いられた具体的な方法に対する問題意識を欠いている答案が多く見られた。
→「下線部①の取調べの適法性」について答えなければならない。設問でその点を問われているからである。知識がなかったというより、そもそも問いに答えるという意識が低いのではないか。
本件取調べが社会通念上相当と認められるかを判断する場面については,検討に際して,長時間の取調べの適法性,徹夜の取調べの適法性,偽計を用いた取調べの適法性というように,事例に現れた事情を分断した上で,その事情ごとに個別に検討を加えるだけで,総合的な分析・考慮のできていない答案が少なからず見受けられたが,本問では,通常は人が就寝している時間帯を含む約24時間という長時間にわたる取調べが徹夜で行われ,その中で疲労して言葉数が少なくなっていた甲に偽計が用いられているのであるから,そうした具体的事情があいまって生じた状態について多角的・総合的に分析・考慮する視点が必要であろう。また,昭和59年判例が判示した取調べの適法性に関する,「事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度等諸般の事情を勘案して,社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において,許容される」との基準やそこで考慮すべき要素を基礎付ける理論的な説明については,学説上,いわゆる比較衡量説や行為規範説などの見解が示されているが,この点について意識的かつ正確に論じている答案は少数であり,比較衡量説に立っていると思われるのに,取調べの必要性と比較衡量される甲の権利・利益等への言及が不十分・不正確な答案,両説の発想が不正確に混在している答案などが見られた。
→何が問われているのか、問いに対する判断基準はどうしたのか、を意識していない論述が上記のような答案だと思う。「下線部①の取調べの適法性」を問われているのになぜ論点的に事例を分断するのか。比較衡量をすると規範を立てたのであれば、それにそって論述を進めなければならない。「問いの把握」「規範の定立」「あてはめ」等を何となくやってしまっている答案が目立つ気がする。それは、知識の問題ではなく、意識の問題が大きいと思う。法的三段論法を丁寧に組み立てるところから始める必要があるし、それは、試験が終わるまで続けなければならない。
なお,本問では,立場によっては,下線部①の取調べが強制処分に当たり違法であるとする答案もあり得るところであり,その場合には任意取調べとして社会通念上相当と認められるかについては具体的事実を検討することなく結論に至ることになるであろうが,そのような立場による場合であっても,任意同行後の被疑者の任意取調べの限界に関して判断したリーディングケースとして昭和59年判例や平成元年判例があるのであるから,その法的判断の枠組みを十分意識しつつ論じなければならない。
→判例は判例だから大事なのではなく、法的検討に不可欠な存在だから大事なのである。
〔設問2〕では,自白に対する「自白法則及び違法収集証拠排除法則の適用の在り方」が問われているのであるから,自白法則の根拠及び証拠能力の判断基準と,証拠物に対する違法収集証拠排除法則の根拠及び証拠能力の判断基準を併記しただけでは不十分であり,両法則の自白への適用関係について,自説の立場を論じなければならないが,この点に関する問題の所在や理論状況を的確に理解して論じられている答案は少数であった。
→「的確に理解して論じ」ることは難しいかもしれない。しかし、「両法則の自白への適用関係について、自説の立場を論じなければならない」ことは、設問からわかったはずであるから、それに対する何らかの言及は必要であった。「間違いは禁物」だが、最低限問いには答えなければならない。
自白法則については,虚偽排除説,人権擁護説,違法排除説など,自説の根拠及び証拠能力の判断基準について相応に論じることができている答案が大半であったものの,違法収集証拠排除法則の自白への適用の在り方を示すことができている答案は多くなく,そもそも,両法則の自白に対する適用関係に関する問題意識を欠いている答案が少なからず見受けられた。すなわち,〔設問2-1〕では,自白法則と違法収集証拠排除法則の内容を漫然と並列的に述べるにとどまっているため,その記述から,後者が自白に適用されるのか否か自体が判然とせず,〔設問2-2〕では,事例に現れた事情を羅列してそれぞれの法則を脈絡なく当てはめているにとどまる答案が少なくなかった。また,自白とそれを録取した供述調書(自白調書)の関係についての理解を根本的に誤り,甲の自白については違法収集証拠排除法則を適用して証拠能力を否定し,自白調書についてはその派生証拠として証拠能力を否定するという,誤解に基づく答案が散見された。
→本問は、設問から解答すべき内容を把握できたか否かで差がついたように思う。その差を生んだのは、知識の差ではなく意識の差ではないか。「両法則の自白に対する適用関係に関する問題意識」は、知っていないと書けないという話ではないはずである。なぜなら、設問でそこを問われているからである。甲の自白を巡る具体的事実関係について自白法則と違法収集証拠排除法則をどう適用するかは、条文の使い方に対する理解と重なる問題である。
〔設問2-2〕では,下線部①の取調べにより得られた甲の自白の証拠能力について,〔設問2-1〕で述べた判断基準を具体的事情に当てはめて結論を出すことが求められているが,〔設問1〕と〔設問2〕における説明ないし論述の整合性が考慮されていない答案が少なからず見られた。すなわち,〔設問1〕では,取調べが適法だと結論付けておきながら,〔設問2-2〕では,取調べに重大な違法があるので甲の自白に証拠能力がないとする答案や,〔設問1〕では,取調べで偽計を用いることは刑事訴訟法上何ら制限されておらず問題がないと述べたのに,〔設問2-2〕では,本問の偽計が,虚偽の自白を誘発し,あるいは甲の黙秘権等重要な権利を侵害するので甲の自白に証拠能力がないとする答案,〔設問1〕では,約24時間の徹夜にわたる取調べが甲の移動の自由や黙秘権等の侵害に当たり違法だと述べたのに,〔設問2-2〕では,違法収集証拠排除法則を適用した上で,偽計を用いた点にしか言及しない答案など,〔設問1〕と〔設問2〕の関係についてどのように考えたのかが判然としない答案がこれに当たる。また,〔設問2-2〕で自白に対しても違法収集証拠排除法則を適用し,その証拠能力を判断するに当たり,「令状主義の精神を没却するような重大な違法」の有無を基準の一つとする答案が少なからず見られたが,取調べが違法とされる根拠を,偽計を用いたことに求めるのならば,違法の程度は,偽計が違法である理由と関連付けて評価される必要があり,昭和53年判例の表現を漫然と用いるだけでは説明が足りないと言わざるを得ないであろう。
→論理的に一貫した答案を書くことは、意外と難しい。普段から意識しておかないと出来るようになるものではないからであるし、知識があるだけでは実現できないことだからである。残念ながら特効薬はないが、そのような事柄だからこそ、司法試験で問われたのではないかと思う。司法試験は、あなたに地道な努力を求めている。
本事例で用いられたのは,本件住居侵入窃盗事件の当日の夜に甲が自宅から外出するのを見た人がいる旨の偽計であり,犯行自体の目撃に関するものではないが,その違いに的確に留意しつつ,長時間にわたり一睡もさせずに徹夜で取調べが行われ,言葉数が少なくなって疲労していた甲に対し,本問のような偽計を用いれば,たとえそれが犯行自体の目撃に関するものではなかったとしても,判断能力が低下して自白するしかないとの心理状態に陥りかねないことなどに言及し,甲の心理に与えた影響を考慮することができている答案が少数ながら見られた。
→当該偽計が「甲が自宅から外出する」旨の内容に過ぎなかったことを正確に認識できていた受験生はどれだけいただろうか。一事が万事である。ほんの少し慎重になれば気付ける部分にちゃんと気付けることが安定して合格答案を書けるようになるための礎である。
これに対して,このような偽計の内容・程度に全く言及することなく,偽計が用いられた点を漫然と指摘して甲の自白の証拠能力を否定する答案や,反対に,偽計が用いられる前に,長時間にわたり,徹夜で取調べが行われているという本事例の事情を度外視し,犯行自体の目撃に関する偽計ではないとの理由のみで甲の自白の証拠能力を肯定する答案など,事例に現れた具体的事情を多角的・総合的に考慮することができていない答案が少なくなかった。偽計を用いて得られた自白の証拠能力に関して判断した,最大判昭和45年11月25日刑集24巻12号1670頁は,「偽計によって被疑者が心理的強制を受け,その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合」には,その「自白はその任意性に疑いがあるものとして,証拠能力を否定すべき」だと判示しており,その判断においても,偽計が用いられれば直ちに自白の任意性に疑いがあるとされているわけではない。検討に当たっては,当該事案において,いかなる偽計が用いられ,それが捜査官の他の発言や被疑者の置かれた状況等ともあいまって,被疑者の心理に果たして,またいかなる影響を与えたか,具体的に考慮することが必要であろう。
→「事例に現れた具体的事情を多角的・総合的に考慮することができていない答案」になってしまうのはどうしてであろうか。これは、つまり、「あてはめが甘い答案だった」ということである。あてはめが上手くいかなかったと聞くと、多くの受験生が「演習不足」を気にするが、そもそも、法知識の不足が原因だったのではないか。あてはめは、規範に対する理解がないと充実しない。だから、あてはめを充実させるためには、あてはめの練習とともに、規範への理解を深めるインプットにも努めなければならない。
※間違いを間違いで終わらせないABprojectの個別指導です。
令和2年刑事系第二問の採点実感を読んでみた~その3~ 教祖を探していないか?
教祖は困ったとき助けてくれませんよ。
どの分野においても「教祖」的な存在がいるように思います。
司法試験・予備試験界にも少なからずいるでしょう。
「答え」を与えてくれる人は、ありがたい存在なのでしょうか。
「自分を伸ばしてくれる人」が必要ではないですか?
(赤い字は筆者)
※その1、その2もご覧ください。
まず,〔設問1〕については,任意同行後の被疑者に対する任意取調べの適法性について判断した最決昭和59年2月29日刑集38巻3号479頁(以下「昭和59年判例」という。),最決平成元年7月4日刑集43巻7号581頁(以下「平成元年判例」という。)など,法科大学院の授業でも取り扱われる基本的な判例を正確に理解し,その判断枠組みを意識しつつ,事例中から抽出した具体的事実を分析・検討して論じれば,説得的な論述が可能だと思われる。
→「条文で不明な部分を判例で補う」という判例法の基本的な機能を意識しながら、上記判例を学んでほしい。くれぐれも「判例だから覚えよう!!」というような条文とのつながりを意識しない学習はしないように。それでは、使える知識として整理できないからである。
〔設問2〕の,自白に対する違法収集証拠排除法則の適用の在り方については,この問題に対する判断を示した下級審の裁判例はあるものの,最高裁判所の判例はなく,受験生にとって必ずしも十分な勉強が及んでいない論点だったかもしれない。しかし,自白法則及び違法収集証拠排除法則はいずれも証拠法における基本原則であり,両法則に関する正しい知識や理解があれば,自白と証拠物との異同や両法則の根拠・証拠能力の判断基準等に遡って考えることにより十分解答が可能であろう。また,〔設問2-2〕において,甲の自白に違法収集証拠排除法則を適用する際には,〔設問1〕における,下線部①の取調べの適法性に関する論述内容との整合性に留意しながら論じる必要がある。
→「『基本原則』くらいは知っておくべきだ」と言われても仕方がない。司法試験を受ける段階になってこれを知らなかったのであれば、もう合格は諦めた方がいい。そして、「自白と証拠物との異同や両法則の根拠・証拠能力の判断基準等に遡って考えることにより十分解答が可能であろう」とのことである。既知の知識をどう使うか、考えるためにはどうすればいいか、は意識して学習しないと身につかない。また、多くの人にとっては、知らないと出来ないことでもあろう。試験委員的には「普通に勉強していればできるでしょ?」という感覚かもしれないが、現実はそうでもないようである。
〔設問3〕については,類似事実による犯人性の証明に関して判断した最判平成24年9月7日刑集66巻9号907頁(以下「平成24年判例」という。),最決平成25年2月20日刑集67巻2号1頁(以下「平成25年判例」という。)といった基本的な判例がある。ただし,本問は,これらの判例の事案とは異なり,未だ起訴されていない余罪を類似事実として犯人性の証明に用いようとした事案であり,その意味で,判例に関する理解の具体的事案への応用力を試す側面を有するものである。両判例が示している判断基準だけでなく,その理論的根拠を正確に理解していれば,X方における事件という類似事実が,本件住居侵入窃盗事件についての犯人性の証明に用いられる場合の推認過程を意識して分析・検討し,説得的に論述することが可能であろう。
→「ある条文をこの事例に適用できるか?」という問題は、多くの受験生が得意とすることのようである。一方、「ある判例をこの事例に適用できるか?」という問題は、多くの受験生が不得意とすることのようである。その原因としては「判例自体知らない」ということだけでなく、「判例とは何なのかを知らない」ということもあると思う。「判例とは何なのかを知らない」がために、記憶が整理されず、理解が進まないのではないかと思う。あくまで私自身の経験上の話である。
2 採点実感
各考査委員の意見を踏まえた感想を記す。
⑴ おおむね出題の意図に沿った論述をしていると評価できる答案としては,次のようなものがあ
った。
まず,〔設問1〕では,被疑者に対する任意取調べの限界に関して昭和59年判例の示した,「強制手段によることができ」ず,任意捜査としても,「事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度等諸般の事情を勘案して,社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において,許容される」という二段階の判断枠組みについての正確な理解を示し,自説の立場から強制処分の意義や任意取調べの適法性に関する判断基準を正確に提示した上で,下線部①の取調べによって制約される権利・利益の内容を意識しながら,事例から必要な具体的事実を抽出し,強制処分の意義に照らして本件取調べが強制処分に当たるのかを検討し,これに当たらないとした場合に,本件取調べが社会通念上相当と認められる方法,態様及び限度で行われたと評価できるのかについて,判例の示す,「事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度等」の判断要素に照らして事例に現れた具体的事情を的確に拾い上げながら論じ,説得的に結論を導き出している答案が見受けられた。
→昭和59年判例の知識等を基に法的三段論法の形で適切に論述を展開できたか。比較的簡単な問題だと思われるが、それは、「手を抜いてもいい問題」ということではない。むしろ、ここで得点しないと合格答案を作成することは厳しいものとなるし、ここで十分に得点できない者が、残りの設問で挽回できる実力を有するとは考え難い。
〔設問2-1〕では,自白法則について自説の根拠及び証拠能力の判断基準を述べるとともに,違法収集証拠排除法則については証拠物に関する最判昭和53年9月7日刑集32巻6号1672頁(以下「昭和53年判例」という。)に関する正確な理解を踏まえて,自白に対する同法則の適用の有無及びその根拠を示し,適用されるとした場合には証拠能力の判断基準及びその根拠を含めて自説の立場を論じ,両法則の適用関係を明らかにした上で,〔設問2-2〕では,〔設問2-1〕で論じた自説の立場から,〔設問1〕における下線部①の取調べの適法性についての論述内容との整合性に配慮しつつ,事例に現れた具体的事情を的確に拾い上げ,各自の理解に即して,適用されるべき法則を適切に当てはめて結論を述べている答案が見受けられた。
→ポイントは上記の通り。
〔設問3〕では,平成24年判例及び平成25年判例に関する正確な理解を示しつつ,類似事実による犯人性の証明が許容されないとされる場合の根拠や,許容されるとすればその根拠及び判断基準を述べた上で,事例に現れた具体的事情を的確に拾い上げて当てはめ,Wの証人尋問請求の可否の結論を説得的に導いている答案が見受けられた。そのような答案の中には,上記判例の示す判断基準を満たすことによって,余人による犯行の可能性が著しく下がるために,実証的根拠の乏しい人格評価を介することなく経験則により犯人の同一性を推認できることから,類似事実による犯人性の証明が許されると指摘した上で,その基準を事例に対し適切に当てはめているものが一定数あった。
→本問がWの証人尋問請求の可否の問題だということを意識して結論まで導いた受験生はどの程度いたのだろうか。主に論ずべき点は「類似事実による犯人性の証明の可否とその判断基準」であるが、それでも、設問で何を問われているのか?という点は、常に意識していなければならない。試験本番で合格答案を作り上げるためだけではない。論理的思考力の養成に不可欠だからである。何となく問題を把握し、何となく論点に言及し、何となく答えを出していないか。問いを正確に把握し、それに答えるために必要十分な論述をしようと努めてほしい。
⑵他方,そもそも,法原則・法概念の意義や関連する判例の判断基準等についての記述が不十分・不正確で,当該項目についての理解が不足していると見ざるを得ない答案や,法原則・法概念の意義や関連する判例の判断基準等として記述された内容自体には問題がないものの,これらを機械的に暗記して記述するのみで,なぜ法原則・法概念がそのような意義を持つものとされ,また,判例においてそのような判断基準が採用されているのかを,当該法原則・法概念の趣旨や当該判例の理論的根拠に遡って論述することができていない答案,具体的事実に対してそれらの法原則・法概念や判断基準等を的確に適用することができていない答案,具体的事実に対する洞察が表面的で,その抽出が不十分であったり,その事実の持つ意味の分析が不十分・不適切であったりする答案が見受けられた。
→この部分は、受験生の知識不足・理解不足を指摘するものである。しかし、推測するに、これは、刑訴法分野だけの問題ではない。十分な学習時間がなく刑訴法分野の学習が未了の者を除けば、このような状態に陥ってしまう受験生には、法学習全体に関わる問題があると思われる。見るべきものや考えるべきものをきちんと認識しないまま何となく学習しているのではないだろうか。同じ教科書を使っていても、身につくものは、各々違うものとなりがちである。意識や認識の違いがあるからである。せっかく努力するなら身につく努力をしてもらいたい。それは、ほんの少しのきっかけと心がけから始まるものである。
※ABprojectは、宗教ではありません。
令和2年刑事系第二問の採点実感を読んでみた~その2~ 知らないと気付けないこともある
「あーなるほど!」と思っても、実力が伸びていないことありませんか?
同じ文章を読んでも「伸び率」は人それぞれです。
その違いは、根本的な視点や考え方にあると思います。
早めに気付いたものがちですね。
(赤字は筆者)
※その1もご覧下さい。
まず,〔設問1〕については,任意同行後の被疑者に対する任意取調べの適法性について判断した最決昭和59年2月29日刑集38巻3号479頁(以下「昭和59年判例」という。),最決平成元年7月4日刑集43巻7号581頁(以下「平成元年判例」という。)など,法科大学院の授業でも取り扱われる基本的な判例を正確に理解し,その判断枠組みを意識しつつ,事例中から抽出した具体的事実を分析・検討して論じれば,説得的な論述が可能だと思われる。
→「条文で不明な部分を判例で補う」という判例法の基本的な機能を意識しながら、上記判例を学んでほしい。くれぐれも「判例だから覚えよう!!」というような条文とのつながりを意識しない学習はしないように。それでは、使える知識として整理できないからである。
〔設問2〕の,自白に対する違法収集証拠排除法則の適用の在り方については,この問題に対する判断を示した下級審の裁判例はあるものの,最高裁判所の判例はなく,受験生にとって必ずしも十分な勉強が及んでいない論点だったかもしれない。しかし,自白法則及び違法収集証拠排除法則はいずれも証拠法における基本原則であり,両法則に関する正しい知識や理解があれば,自白と証拠物との異同や両法則の根拠・証拠能力の判断基準等に遡って考えることにより十分解答が可能であろう。また,〔設問2-2〕において,甲の自白に違法収集証拠排除法則を適用する際には,〔設問1〕における,下線部①の取調べの適法性に関する論述内容との整合性に留意しながら論じる必要がある。
→「『基本原則』くらいは知っておくべきだ」と言われても仕方がない。司法試験を受ける段階になってこれを知らなかったのであれば、もう合格は諦めた方がいい。そして、「自白と証拠物との異同や両法則の根拠・証拠能力の判断基準等に遡って考えることにより十分解答が可能であろう」とのことである。既知の知識をどう使うか、考えるためにはどうすればいいか、は意識して学習しないと身につかない。また、多くの人にとっては、知らないと出来ないことでもあろう。試験委員的には「普通に勉強していればできるでしょ?」という感覚かもしれないが、現実はそうでもないようである。
〔設問3〕については,類似事実による犯人性の証明に関して判断した最判平成24年9月7日刑集66巻9号907頁(以下「平成24年判例」という。),最決平成25年2月20日刑集67巻2号1頁(以下「平成25年判例」という。)といった基本的な判例がある。ただし,本問は,これらの判例の事案とは異なり,未だ起訴されていない余罪を類似事実として犯人性の証明に用いようとした事案であり,その意味で,判例に関する理解の具体的事案への応用力を試す側面を有するものである。両判例が示している判断基準だけでなく,その理論的根拠を正確に理解していれば,X方における事件という類似事実が,本件住居侵入窃盗事件についての犯人性の証明に用いられる場合の推認過程を意識して分析・検討し,説得的に論述することが可能であろう。
→「ある条文をこの事例に適用できるか?」という問題は、多くの受験生が得意とすることのようである。一方、「ある判例をこの事例に適用できるか?」という問題は、多くの受験生が不得意とすることのようである。その原因としては「判例自体知らない」ということだけでなく、「判例とは何なのかを知らない」ということもあると思う。「判例とは何なのかを知らない」がために、記憶が整理されず、理解が進まないのではないかと思う。あくまで私自身の経験上の話である。
(続きはあした)
※「気付き」を大事にする添削指導。ABprojectです。
令和2年刑事系第ニ問の採点実感を読んでみた~その1~ 意外とムズイ刑訴法
求められているのは「当たり前のこと」だけですが・・・
本日から令和2年刑事系第二問の採点実感に入ります。
残り数回ですが、よろしくお願いします。
(赤字は筆者)
令和2年司法試験の採点実感(刑事系科目第2問)
1 採点方針等
本年の問題も,昨年までと同様,比較的長文の事例を設定し,その捜査及び公判の過程に現れた刑事手続上の問題点について,①問題の所在を的確に把握し,その法的解決に重要な具体的事実を抽出して分析した上,②これに的確な法解釈を経て導かれた法準則を適用して一定の結論を導き出すとともに,③その過程を筋道立てて説得的に論述することが求められている。これを通じて,法律実務家になるために必要な刑事訴訟法に関する基本的学識,事案分析能力,法解釈・適用能力,論理的思考力,論述能力等を試すものである。出題の趣旨は,既に公表したとおりである。(下線及び丸数字は筆者)
→①は刑訴法の基本的知識(条文や各制度の概要等)に基づいて具体的事実関係を法的に整理し、検討すべき事項を明確にすること、②は法の解釈適用、あてはめ、結論を導くこと、③は①②の過程を文章で正確にわかりやすく説明することを求めていると解される。他の科目と同様に基本的な法的思考をすることを求めるものにすぎず、何ら特別なものではない。日頃の学習から「言われなくてもやっている」という状態でなければならない。
〔設問1〕は,H市内で夜間に発生したV方における住居侵入窃盗事件(本件住居侵入窃盗事件)に関し,司法警察員P及びQが,その2日前の夜間に同市内で発生した,手口が類似するX方における住居侵入未遂事件(X方における事件)で目撃された甲をH警察署まで任意同行した上,約24時間という長時間にわたり,一睡もさせずに徹夜で取調べを行い,それまでの取調べにより疲労して言葉数が少なくなっていた甲に,更に偽計をも用いて取調べを実施していることから(下線部①の取調べ),それが,被疑者に対する任意取調べとして許容される限界を越え,違法と評価されないかを問うものである。
→この部分は、何気なく読んでしまっている人が多いかもしれないが、上記採点方針の①のお手本を示してくれている。事実関係を丁寧に示し、検討すべき事項を端的に指摘できている。ここに適切に条文を絡めれば、完璧である。
検討に当たっては,刑事訴訟法第198条に基づく任意捜査の一環としての被疑者の取調べの適法性に関する法的判断枠組みを的確に示した上で,事例に現れた具体的事実がその判断枠組みの適用上どのような意味を持つのかを意識しながら,下線部①の取調べの適法性を論じることが求められる。
→「本問が198条に関する問題だと気付く→下線部①の取調べの適法性を判断する基準が198条から明らかでないことに気付く→判例『法』を参考にしながら、適法性判断基準を示す→事例に表れた具体的事実がその判断基準の適用上どのような意味を持つのか評価しながらあてはめる」という検討過程を辿っていけばいいわけである。「事実の評価」が大事なのは、それがないと生の事実が要件に該当しているのか否か基本的にわからないからである。事実の評価の軽視は、法的思考の軽視であるし、読み手に自分の考えを伝えようとする努力の軽視である。
〔設問2〕は,甲の自白が,前記のとおり,長時間にわたり,徹夜で行われた取調べにおいて,偽計をも用いて獲得されているところ,まず,〔設問2-1〕において,自白法則及び違法収集証拠排除法則の自白への適用の在り方を一般的に問うた上,次いで,〔設問2-2〕において,〔設問2-1〕で論じた自己の見解に基づいて甲の前記自白の証拠能力が認められるかを問うものである。
→本設問は、非常に親切である。設問2-1と設問2-2は、甲の自白の証拠能力を検討する際、それぞれ自ら気付いて検討すべき事項とも言えるが、それをわざわざ検討するよう教えてくれているからである。なお、これは、法原理相互の関係性(条文相互の関連性の問題と同様)の問題であるから、単なる一論点の知識を問うものではなく、常に持つべき法的視点を意識できているかを問うものである。
具体的には,自白法則及び違法収集証拠排除法則という証拠法における基本原則が,自白という供述証拠にどのように適用されるのか(後者については適用の有無自体も含む。)について,自説の立場から両法則の適用関係を示した上で,各自の理解に即して,甲の自白の証拠能力の有無を判断するのに必要な証拠法則を,事例に現れた具体的事実に当てはめて,結論を導くことが求められる。
→この部分について、事前に知識を持っていた受験生は少ないと思われるが、この問題に対してそれなりの理由を付して答えられなかったとすると、刑訴法の基本的理解が不十分と言われても仕方がない。あとで教わって「言われたらわかる」と思った受験生も同様である。自白法則や違法収集証拠排除法則は、誰もが知ってはいるはずであるし、これらの関係性の整理は、基本的な法的思考ができる者なら現場思考で対応できたはずである。
〔設問3〕は,検察官が,本件住居侵入窃盗事件と手口の類似する,未だ起訴されていないX方における事件を目撃したWの証人尋問により,本件住居侵入窃盗事件についての甲の犯人性を証明しようとしている場合において,いわゆる類似事実による犯人性の証明が許されるのかを問うものである。こうした証明が許されないとすればその理論的根拠はどこにあるのか,許される場合があるとすればその判断基準及び根拠は何かを論じ,それを踏まえて,事例に現れた具体的事実を適切に摘示し,評価しながら,裁判所が検察官によるWの証人尋問請求を認めるべきか否かの結論を導くことが求められる。
→本問は、先の2つの設問に比し、難易度が高いと思われる。条文に手掛かりがないこと及び既知の法知識があってもそれを工夫して使わなければならないからである。これも論点として押さえておくべきというよりは、法的思考のポイントやその手法を学ぶ契機とすべき問題だと思う。
採点に当たっては,このような出題の趣旨に沿った論述が的確になされているかに留意した。前記各設問は,いずれも,捜査及び公判に関して刑事訴訟法が定める制度・手続及び関連する判例の基本的な理解に関わるものであり,法科大学院において刑事手続に関する科目を履修した者であれば,本事例において何を論じるべきかはおのずと把握できるはずである。
→出題者的には「何を論じるべきか」を外すような答案は、法科大学院において刑事手続に関する科目を履修した者とすらみなさないようである。特に恐れることはない。その通りだからである。
(続きは明日)
※難しい科目ほど基礎基本が大事。ABprojectです。