令和2年民事系第三問の採点実感を読んでみた~その3~ 採点実感が繰り返し伝えていること
採点実感の読み方を伝え、意識すべきポイントを共有したい。
採点実感・出題趣旨は、多くの受験生が読んでいると思います。
しかし、それが身になっている受験生は、多くないのでしょう。
一緒に読みましょう。
(赤字は筆者)
※その1、その2もぜひご覧下さい。
イ 課題2の採点実感
設問1では,次に課題2として,敷金に関する確認の訴えにおける確認の利益の検討が求められている。ここでは,本件建物の明渡し前における敷金関係の確認の訴えにつき,確認の利益の一般的指標とされる確認訴訟という方法を選択することの適切性,確認対象の適切性,即時確定の必要性に従って,あるいは確認訴訟における権利保護の資格と利益に沿って,Y2の立場から確認の利益が肯定されるように,説得的な立論をすることが求められる。
→ここまでは多くの受験生が書けるはず。ただし、確認の利益の一般的指標は、決して条文に定められた事項ではないことに注する必要がある。つまり、この指標は、あくまで一般的なものであって絶対的なものではない。「確認訴訟のときはいつもこれだから、今回も書こう!!」程度にしか認識していない受験生は、一旦立ち止まり、確認の利益を判断する3要件の理解を確認してもらいたい。こういう部分の見直しが、論点主義を脱するためのポイントである。
特に,敷金返還請求権が設問1の課題1では将来の給付訴訟の対象と性質付けられていることとの関係をも踏まえつつ,どのような確認対象又は権利保護の資格であれば即時確定の必要性又は権利保護の利益が肯定され,基準時に確定する必要が認められることとなるのかについて,理解を示す必要がある。その際には,賃貸借契約継続中における敷金返還請求権の確認の利益を肯定した判例(最高裁判所平成11年1月21日第一小法廷判決・民集53巻1号1頁)のように確認対象を現在の権利又は法律関係と位置付ける立場のほか,将来の権利又は法律関係と位置付けた上で確認対象となり得ると解する立場もある。どちらを採るかにより評価に差が生ずるわけではないが,前者については,敷金返還請求権を単に条件付債権と位置付けるにとどまらず,将来と性質付けた給付訴訟との違いを示し,本件の紛争状況から見て確認の利益が肯定される対象を具体的に検討することが期待される。また,後者については,XがAの支払った金銭は敷金でないと争っているなどといった具体的な事情をできるだけ挙げた上で,将来具体化する対象であっても即時確定の利益又は権利保護の利益が現在認められることを本件に即して説得的に論ずることが求められる。
→ここは、確認の利益の3要件を軸にしつつ、その要件該当性の検討を問題とするところである。上記判例は、要件該当性判断において参考にできる。先の将来の給付の訴えに関する判例に関しては、特に規範定立の重要性を指摘したが、要件該当性も同じく重要である。判例を学ぶ際には、規範定立について学んでいる?要件該当性について学んでいる?など法的思考の構造を「意識」しながら、情報を整理することが必要である。こうすることで「判例を覚える」だけでなく、「法的思考力を鍛える」ことが出来る。「意識」の持ち方次第で、学習の密度は大きく変わる。そして、「本件に即して説得的に論ずること」が出来るのは、高い学習密度を保ってきた受験生だけである。論点主義の暗記学習と真の法律学習の違いに気付いてもらいたい。
まず,確認の利益の一般的指標については,大半の答案が確認訴訟という方法を選択することの適切性,確認対象の適切性,即時確定の必要性の三つの指標を指摘していた。
もっとも,その具体的な当てはめにおいては,十分ではないものや不適切なものが散見された。課題2の中心的な検討事項となる確認対象の適切性を論ずるに当たって,判例のように現在の条件付きの権利である敷金返還請求権と捉える答案は一定数あったところであり,これらは相応の評価に値するものではあるが,更に進んで将来の請求と性質付けた給付訴訟との違いを意識的に論じたものはほとんどなかった。他方で,そもそも敷金に関するどのような法律関係を確認対象と考えているのかがあやふやなまま検討を進める答案や,「敷金を差し入れたこと」,「敷金契約が成立したこと」など過去の事実や過去の法律関係を無留保で確認対象とするものも少なくなかった。このうち,過去の法律関係を確認対象とすることについては,それが常に不適切であるというものではなく,基礎的な法律関係であって判決において端的に確認対象とすることにより確認訴訟が有する紛争の直接かつ抜本的な解決の機能が果たされることなどを併せて論ずるものである限り一定の評価の対象となり得るが,ほとんどのものにおいて,このような検討はされておらず,その多くにおいては,自身が過去の事実や過去の法律関係を確認対象として論じていることについての自覚がないままに論述しているものと推測された。以上のような答案の評価は,低いものとならざるを得ない。
→「もっとも、その具体的な当てはめにおいては、十分でないものや不適切なものが散見された」「ほとんどのものにおいて、このような検討はされておらず、その多くにおいては、自身が過去の事実や過去の法律関係を確認対象として論じていることについての自覚がないままに論述しているものと推測された」そうである。言われなくてもそうだろうと思う。先述した学習の密度の問題を振り返ってもらいたい。兎角民訴法の理論は、難解なものが多く1回読んだくらいではとても理解できないものが多い。だからといって、2回3回読んだらわかるのかと言うとそうでもない。難解な理論を吸収するためには、その下準備が必要である。法的三段論法を身につけていることや正しく法的思考を組み立てられることなど、行き詰った時には、一度基礎基本を見直してもらいたい。理解できない原因は、そもそも見るべきポイントが「見えていない」可能性が高い。
また,確認対象の適切性を検討するに当たっては,即時確定の必要性との関係にも留意する必要がある。ここでは,原告が保護を求める法的な地位,すなわち確認対象の適切性において検討した権利又は法律関係が十分に具体化,現実化されているかということを指摘しつつ,被告の態度や行為の態様が原告の法的地位に危険や不安を生じさせているか,その危険や不安を除去するために,確認判決が必要かつ適切であることを論ずる必要がある。そして,多くの答案において,被告の態度や行為の態様が原告の法的地位に危険や不安を生じさせているかという点に言及することができていたが,確認対象となる権利又は法律関係との関係や確認判決の必要性なども含めて多角的に論証していた答案は少なかった。また,過去の事実や過去の法律関係を確認対象とする場合には,上記のような論証から直ちに即時確定の利益が肯定されるとは言い難いにもかかわらず,この点の意識がされたものはほとんどなかった。
→確認の利益を認める要件として即時確定の利益を指摘する答案は多いが、その意味するところが何かという点まで理解できている答案は、多くない。この辺りが採点の分かれ目である。要件を立てたら、その意味するところを確認するのは、法律学習において当然である。そうでなければ、正しくあてはめられないからである。上記で指摘されているあてはめの不十分さは、基本的な法知識の理解不足に起因するものと思われる。
課題2の結果からも,受験者が定型的な論証パターンを暗記するだけという学習をしているのではないかと懸念された。
→すでに指摘した通りである。
ウ 設問1のまとめ
(略)
※大事なことは繰り返し伝えるABprojectの添削指導
令和2年民事系第三問の採点実感を読んでみた~その2~ 知識不足は基本的に責めない
「知らなくても解ける問題」を如何に増やすかがABprojectのテーマ。
実務家になれば「知らない問題」に直面し、自分の力で道を切り開かなければならないこともあるでしょう。
先を見据えた勉強の工夫も必要です。
(赤字は筆者)
※その1もご覧ください。
⑵ 設問1について
ア 課題1の採点実感
設問1では,まず,課題1として,Xが本件契約の締結時にAから交付された120万円について敷金であることを否定し,Y1がXとAとの間の本件契約の解約の合意を争って本件建物の明渡しを拒んでいるという事実関係の下において,敷金の返還を求めるY2の立場から,本件建物の明渡しをしないままの状態でこれを求める将来の給付の訴えの適法性についての検討が求められている。
→何気なく「Xが・・・Aから・・・、Y1が・・・」などと書かれているが、これはまさに具体的検討である。生の事実を的確に指摘し、それについて検討をしようという「手間」を惜しんではいけない。時間制限等の関係で簡略化する必要性がある場合も否定できないが、「何が具体的検討かを知っていて、何を簡略化しているかを認識している」状態で答案作成をすることは大切である。その「意識」を欠く答案は、単に雑なだけである。
ここでは,敷金返還請求権が目的物の明渡しを条件として,それまでに生じた敷金の被担保債権一切を控除した残額につき発生するため,本件建物の明渡し前には請求権の成否及び額が明確に定まらないこと,そのため,本件訴訟はその事実審の口頭弁論終結時(基準時)には訴訟物である請求権の成否及び額が具体化しない将来の給付の訴えであることを踏まえ,民事訴訟法(以下「法」という。)第135条の将来の給付の訴えの利益に言及した上で,将来の給付の訴えの適法性につき検討する必要がある。そして,法第135条については,ほとんどの答案において,指摘することができていた。(下線部は筆者)
→下線部を説明し、135条の問題であることを指摘できる答案は、いい答案である。問題を読めば、135条を適用すべきことは、多くの受験生が気付くはずである。その中で「なぜ135条なのか?」を説明できるか否か(そもそも説明しようとするか否か)という点に、「意識」の違いがある。これは、正しい法的思考を身につけ、それを意識できているかという問題に他ならない。
また,既判力の基準時までにその成否及び額が定まらない請求権を行使する将来の給付の訴えの適法性については,例えば,いわゆる権利保護の資格(請求の適格)と狭義の権利保護の利益とを分けて前者の問題として論ずる考え方や,将来の権利発生の蓋然性と現在これを行使する必要性とを総合的に判断するとの観点から論ずる考え方など判断の枠組みとそのような権利の性質の位置付けに関していくつかの考え方が成り立ち得る。いずれの考え方であっても評価に差異はないが,設問において敷金返還請求権の特質のほか,当事者間の衡平の観点から将来の給付の訴えの適法性が認められた場合における被告の負担を考慮することが求められているとおり,今後の賃料の滞納の可能性や明渡しの時の原状回復の必要性によってその額はもちろん成否さえも不明であるという敷金返還請求権の特質や,敷金返還請求権の発生要件である本件建物の明渡しは,債務者(X)ではなく,債権者(特に本件では主としてY1)に依存していることなど本件における当事者間の争いの状況を踏まえ,将来における権利発生の蓋然性や,将来の強制執行に対する防御のために請求異議の訴えを提起しなければならなくなるかもしれない被告の負担につき論ずる必要がある。また,その際には,判例(最高裁判所昭和56年12月16日大法廷判決・民集35巻10号1369頁(大阪国際空港事件),最高裁判所昭和63年3月31日第一小法廷判決・裁判集民事153号627頁等)が示した将来の給付の訴えの適法性についての判断基準(①請求権の基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し,その継続が予測されるとともに,②請求権の成否及びその内容につき債務者に有利な影響を生ずるような将来における事情の変動があらかじめ明確に予測し得る事由に限られ,③これについて請求異議の訴えによりその発生を証明してのみ執行を阻止し得るという負担を債務者に課しても格別不当とはいえない場合。以下「3要件」という。)を用いることが適当かどうかも意識して検討することが期待される。(下線は筆者)
→上記判例は135条を学ぶ際には、必ず目にするはずの判例である。これらは、135条の適用にあたり必要不可欠な「規範」を示したものである。「規範」の重要性は今更言うまでもないが、それにもかかわらずきちんと覚えていないというのであれば、「意識」が低いと言わざるを得ない。「なぜその判例を学ぶのか?」という点を意識できていれば、その内容を覚えておくべき必要性の高さに思い至るはずである。
判例の知識等から導かれた「要件」を前提に、下線部の情報を整理する必要がある。問題文による誘導も法的思考の大枠が整っているからこそ、論理的に一貫した形で整理できるのである。「要件」を具体的に明らかにしないまま、敷金返還請求権の性質や当事者間の衡平等を書き連ねても、あまり意味のない論述に終わる。また、整理すべき具体的状況も、検討すべき要件があるからこそ、その整理の方向性を見定められる。正しい法的思考の順序を身につけてほしい。
もっとも,以上を適切に論ずる答案は,ほとんどなかった。多くの答案においては,請求の適格と狭義の権利保護の利益とを分けて前者の問題として論ずるという考え方を採った上で,3要件を用いて検討をしていたが,そのうち,①大半の答案においては,3要件が本問のような敷金返還請求においても同様に当てはまるかどうかという点についての意識を有していないことがうかがわれた。また,②3要件を用いて検討する答案であっても,具体的な事案の当てはめにおいて,敷金返還請求権の特質が適切に意識されたものは多くはなく,敷金返還請求権の特質への言及がされているものの,それが結論を導き出すに当たってどのように考慮されているのかが不明なものや,そもそも敷金返還請求権の特質が意識されていないもの,何らの具体的な根拠を示すことなくXが請求異議の訴えの負担を負うことが不当である(又はない)という結論だけを示すものなど,当てはめにおける検討が十分ではないものが多かった。また,③当てはめの内容が不適切であって自身が用いた3要件の意義を正しく理解しておらず,その表面的な文言を暗記して記述しているだけであると判断される答案も散見された。このほか,④3要件とは内容や表現が若干異なっており,3要件を提示したいという趣旨であれば不正確であるもの(さらには,3要件の意味合いが異なるものとなってしまっていると考えられるもの),法第135条の「あらかじめその請求をする必要」と請求の適格の関係が曖昧であるものなども一定数あった。これらの答案からは,受験者が定型的な論証パターンを暗記するだけという学習をしているのではないかと懸念される。このほか,⑤何らの基準も示すことなく,漫然と問題文中の事実を摘示しただけで結論を導く答案も少数ながらあった。このような答案は,論理を示したものとはいえず,評価されない。
→①は「判例の射程」の問題と理解できようか。もっとも、根本的には「本問がなぜ135条の問題なのか?」という説明が必要だという話(上述)と同じである。本問と135条(要件定立の根拠)とのつながりも、敷金返還請求権を問題とする本問と判例(3要件の根拠)とのつながりも、その説明が必要な間隙がある。この辺りは、説明する「意識」がないと、説明できるようにならない。説明すらするようにならない。
②は、敷金返還請求権を巡る事例と将来の給付の訴えの論点を考えたことがない受験生には難しい問題かもしれない。しかし、要件を把握できているならば、あてはめの巧拙は、日頃の演習の成果が試されるところである。「あてはめの検討が不十分」な原因は、要件に関する理解が不足しているか、あてはめにおいてきちんと説明する意識が希薄であるかのいずれかである。闇雲にあてはめの練習をしないことが大切である。点数が伸びないのは原因がある。
③④は、インプットのし直しが必要な例である。覚え直せば、あてはめもグッとよくなるケースが少なくない。
⑤は、知識不足だったのだろうか。それなら、仕方ない。もう一度勉強のし直しである。一方で、「これでいい」と思っている受験生がたまにいる。条文の文言を書き写し、問題文の事実を書き写すだけのような答案は、原則として論外である。条文の解釈や事実の評価等があって初めて、隙間のない精緻な法的検討が成立しうる。法的思考の基本に関わるポイントである。
※脱暗記、法的思考重視の添削指導はABproject。
令和2年民事系第三問の採点実感を読んでみた~その1~ 論理に盲目な人は落ちる。
「科学的なエビデンス」で安心する人は、本質を見誤る。
今日から民事系第三問の採点実感を読んでみたシリーズに入ります。
タイトル等の言葉は、最近気になっていることです。
この世の中に絶対的なものなんてないはずです。
「法学の基礎基本」を除いては・・・(笑)
(赤字は筆者)
令和2年司法試験の採点実感(民事系科目第3問)
1 出題の趣旨等
民事系科目第3問は,民事訴訟法分野からの出題であり,出題の趣旨は,既に公表されている「令和2年司法試験論文式試験出題の趣旨【民事系科目】〔第3問〕」のとおりである。本問においては,例年と同様,受験者が,①民事訴訟の基礎的な原理,原則や概念を正しく理解し,基礎的な知識を習得しているか,②それらを前提として,設問で問われていることを的確に把握し,それに正面から答えているか,③抽象論に終始せず,設問の事案に即して具体的に掘り下げた考察をしているかといった点を評価することを狙いとしている。
→上記①の基礎的な原理原則は、主に短答過去問でその範囲を特定できる。短答過去問演習は必須。②は、①を前提として問題の意図を把握できるかがポイント。問題を解くためだけでなく、問題を正確に把握するためにも①が大事。③は、質の高い論文添削を受けて「具体的に」検討するとはどういうことか理解することが必要。合格答案や参考答案等で「わかった気になる」のではなく、自分自身の答案を使って「具体的に」答えるイメージを育てよう。
2 採点方針
答案の採点に当たっては,基本的に,上記①から③までの点を重視するものとしている。本年においても,問題文中の登場人物の発言等において,受験者が検討し,解答すべき事項が具体的に示されている。そのため,答案の作成に当たっては,問題文において示されている検討すべき事項を適切に吟味し,そこに含まれている論点を論理的に整理した上で,論述すべき順序や相互の関係も考慮することが必要である。そして,事前に準備していた論証パターンをそのまま答案用紙に書き出したり,理由を述べることなく結論のみを記載したりするのではなく,提示された問題意識や事案の具体的な内容を踏まえつつ,論理的に一貫した思考の下で端的に検討結果を表現しなければならない。採点に当たっては,受験者がこのような意識を持っているかどうかという点についても留意している。(下線部は筆者)
→上記①~③はいわば法的思考を展開するにあたって基本となる「当たり前」の話。採点実感で書かれているから大事だ、という話ではない。また、各下線部は、答案作成において注意すべき点。正しい法的思考につながるポイントである。そして、「意識を持っているかどうかという点も留意している」との指摘には特に注目してもらいたい。その「意識」の違いは、日頃の学習への取り組み方の違いを如実に表すものだからである。日頃の「意識」の違いは、「無意識」にも影響する。「無意識」に書いている部分にも、当然その解答者の実力が反映されている。
3 採点実感等
⑴ 全体を通じて
本年の問題では,例年同様,具体的な事案を提示し,登場人物の発言等において受験者が検討すべき事項を明らかにした上で,訴えの利益,心証形成の資料,共同訴訟の類型,訴えの取下げの効果等の民事訴訟の基礎的な概念や仕組みに対する受験者の理解を問うとともに,事案への当てはめを適切に行うことができるかどうかを試している。
→問われた事項について、全く知らないという受験生はいないはずである。誰もが一度は学んだことがある事項について、その理解の深さを問う問題だと思う。もちろん、使うべき規範(判例等)を覚えておくことが前提である。本年度問われた知識は、民訴法上の問題としてよく問われるものばかりである。知識が足りなかったと感じるのであれば、そもそも、知識に対する「意識」が足りなかったというべきだろう。
設問3について,時間が不足していたことに起因すると推測される大雑把な内容の答案が一定数見られたものの,全体としては,時間内に論述が完成していない答案は少数にとどまった。しかし,検討すべき事項の理解を誤り,検討すべき事項とは関係ない,又は不要な論述を展開する答案や,検討すべき事項自体には気が付いているものの,問題文で示されている事案への当てはめによる検討が不十分であって,抽象論に終始する答案も散見された。また,基礎的な部分の理解の不足をうかがわせる答案も少なくなかった。
→時間不足になったのは、おそらく知識や理解の不足が原因だろう。何を書いていいかわからないまま、時間だけが過ぎてしまうのも実力不足である。何を書いていいかわからないときでも、具体的事実関係を改めて整理しなおす、条文を読み直すなどして、論点をあぶりだせることは少なくない。その練習を日頃からしておくことが必要であるし、そもそも、どういう時に論点になるのかをパターン的に整理しておくことも有益である。この辺りの準備の差は、「法律問題を解くためにはどうすればよいか?」という意識の持ち様と関わっている。
なお,条文の引用が当然求められる箇所であるにもかかわらず,その条文を引用していない答案や,引用条文の条番号が誤っている答案も一定数見られた。法律解釈における実定法の条文の重要性は,改めて指摘するまでもない。また,判読が困難な乱雑な文字や略字を用いるなど,第三者が読むことに対する意識が十分ではない答案や,特に刑事訴訟法との用語の混同など法令上の用語を誤っている答案,日本語として違和感を抱かせる表現のある答案も一定数見られた。これらについては,例年,指摘されているところであるが,本年においても,改めて注意を促したい。(下線部は筆者)
→下線部はいずれも「意識」次第で改善できるはずであるし、合格答案を作成するために改善しなければならない基本的な問題である。当たり前のこと過ぎてあえて指摘されていないこともあるのかもしれないが、改善できることを改善することは、その時点ですぐに改善できないことを改善する礎になる。一事が万事である。添削指導でも特に注意している。
※全ての添削に根拠を示す添削指導はABproject。
令和2年民事系第二問の採点実感を読んでみた~その3~ 法的三段論法をなめていないか?
出来てるつもりが一番怖い
今日で民事系第二問の採点実感は最終回。
「法的三段論法」の重要さと難しさを噛み締める一日にしてもらいたいと思います。
(赤字は筆者)
※その1、その2もご覧ください。
⑶ 設問2⑵について
ア 全体的な採点実感
設問2⑵は,会社が特定の種類の株式のみを対象として株式の併合をしようとする場合に,不利益を受けるおそれのある種類株式の株主の事前の法的救済方法としてどのようなものが考えられるかについての理解等を問うものである。
→またもや「条文を知っているか(引けるか)?」という問いである。「会社法上の手段」という設問中の文言を見た瞬間、反射的に頭の中の六法をめくった、あるいは実際に六法を開いた受験生が合格者となる資格のある者である。必ずしも下記の全ての条文を事前に知っている必要はない。ただし、現場で速やかに六法をめくれるような「事前準備」をしておく必要はある。
(ア) 設問2⑵においては,Pは,本件株式併合の効力の発生前の時点で,会社法上の手段として,①反対株主の株式買取請求をすること(会社法第116条第1項第3号イ),②本件株式併合について,差止請求をすること(同法第182条の3),③本件優先株式のみを2株につき1株の割合で併合すること等について定める議案(本件議案3)に関する甲社の臨時株主総会(本件臨時総会)の決議(本件決議3)について,株主総会の決議の取消しの訴えを提起することなどが考えられる。
(イ) 第1に,Pは,種類株主総会の決議を要しない旨の会社法第322条第2項の定めがある本問においては,同法第116条第1項第3号イの規定により反対株主の株式買取請求をすることができる。Pが反対株主の株式買取請求をすることについて論ずるに当たっては,設問2⑴の解答及び本問におけるその他の事実関係を踏まえ,反対株主の株式買取請求の要件が満たされていること,例えば,本件優先株式の株主に損害を及ぼすおそれがある(同号柱書)と認められることや,事前の反対通知と株主総会での反対をしているので「反対株主」に該当する(同条第2項)と認められることなどにも具体的に言及することが求められる。
しかし,Pが会社法第116条第1項第3号イの規定により反対株主の株式買取請求をすることなどに言及している答案は少なかった。他方で,本件株式併合によって1株に満たない端数は生じないため,Pは同法第182条の4の規定により反対株主の株式買取請求をすることができないことに言及している答案が相当数見られた。
(ウ) 第2に,Pは,本件株式併合について,差止請求をすることが考えられる。Pが本件株式併合の差止請求をすることについて論ずるに当たっては,設問2⑴の解答及び本問におけるその他の事実関係を踏まえ,取り分け差止事由が認められるか否かについて検討することが求められる。
この点に関する解釈としては様々なものがあり得るところである。例えば,①甲社が本件優先株式を発行する前に発行していた株式(本件普通株式)の株主は本件株式併合によって他の株主と共通しない特別の利益を得るため,株主総会の決議について特別の利害関係を有する者に該当し,かつ,本件株式併合は専ら本件優先株式の株主の優先配当権を実質的に縮減することを目的とするため,本件決議3は著しく不当な決議に該当することから,本件決議3には,取消事由がある(会社法第831条第1項第3号)と認められ,これが(瑕疵のない株主総会の決議による決定を求める)同法第180条第2項に違反し,差止事由である法令違反(同法第182条の3)が認められるといった解釈が考えられる。また,②本件優先株式の株主の優先配当権の実質的な縮減を目的とする不当な株式の併合であって権利濫用の法令違反があるとして,差止事由である法令違反が認められるという解釈も考えられる。さらに,③取締役の善管注意義務を定める一般的な規定(同法第330条,民法第644条)も会社法第182条の3の「法令」に含まれるとする理解を前提に,取締役は善管注意義務の一内容として株主間の不当な利益移転を生じさせないようにする義務を負うところ,本問においては,このような義務の違反があるため,差止事由である法令違反が認められるとする解釈も考えられる。加えて,④本件株式併合は,実質的には,本件優先株式の権利内容を変更するための定款変更と等しいことから,同法第322条第1項第1号及び第3項ただし書が類推適用され,種類株主総会の決議が要求されるのに,それを経ていないことが法令違反に該当するとする解釈も考えられる。なお,⑤上記①から④までのように本件決議3に取消事由があるとしても,実際に本件決議3が取り消されない限りは,差止事由である法令違反があるとは認められないとする解釈も考えられる。
しかし,これらを十分に論じている答案は少なかった。他方で,本問においては,差止事由である法令違反が認められないため,Pは本件株式併合について差止請求をすることができないと論ずる答案が相当数見られた。
(エ) 第3に,Pは,本件決議3について,株主総会の決議の取消しの訴えを提起することが考えられる。Pが本件決議3の取消しの訴えを提起することについて論ずるに当たっては,仮に本件決議3が取り消された場合には,これによって本件株式併合も無効となると解されるため,本件決議3の取消しの訴えを提起することは,本件株式併合の効力が発生した後に,本件株式併合の無効を主張する前提となることに言及するなど,まずは,本件株式併合の効力の発生前の時点で,本件決議3の取消しの訴えを提起することの意義を明らかにすることが望ましい。その上で,本問における事実関係を踏まえ,本件決議3に取消事由が認められるか否か,例えば,上記①から④までの解釈と同様の解釈を採り,本件決議3には,取消事由がある(会社法第831条第1項第3号)と認められると論ずることなどが考えられる。
Pが本件決議3の取消しの訴えを提起することについて論ずる答案は一定数見られた。Pが本件株式の併合の差止請求をすること及び差止事由について論じている答案は,Pが本件決議3の取消しの訴えを提起すること及び取消事由についても論じていることが多かった。
なお,差止事由又は取消事由として,株主平等原則違反に言及する答案が相当数見られたが,株主平等原則を定める会社法第109条第1項の規定が特定の種類株式についてのみ株式の併合をする本件にも(類推)適用されるかどうかを適切に論じている答案は少なかった。
→上記の指摘は、いずれも条文解釈に関わる話であるから、条文の文言一つ一つを注意深く読みながら整理すべきである。会社法は、条文数が多い。それに対して苦手意識を持つ受験生もいるようだが、条文が多いということは、命綱が多いということである。「条文は命綱」である。命綱を見逃さない、命綱を掴んだら離さない。会社法のたくさんの条文に触れながら、試験本番まで徹底的に練習してほしい。会社法の細かい規定が苦にならなくなったら、他の法律は、ほぼ楽に読めるはずである。「法律学習の相乗効果」に期待してもらいたい。
イ 答案の例
(略)
3 法科大学院教育に求められるもの
設問1においては,新株発行の無効の訴えに言及しない答案や,それに言及しているものの,株主総会の決議の取消しの訴えとの関係について十分に言及しない答案が少なくなかった。会社の行為(本問においては新株発行)の効力が問題となる場合には,そのことをどのような訴えによって争うべきかについても,適切に理解することが求められる。
→上記で指摘した通り、条文に沿って検討できていればいいだけの話である。法科大学院では法学の基本すら教わらないのかと思われてしまう。
本件決議2に取消事由があることが本件株式発行の無効原因になるかどうかについて,非公開会社の事例であることを考慮して論ずることができている答案は,必ずしも多くなかった。会社法上,募集株式の発行等については,非公開会社と公開会社とで,株主にどのような保護を与えるべきかが異なるという考え方の下,異なる手続規制が用意されているため,このような会社法の基本的な規律を踏まえた検討が必要であることに強く留意してほしい。このような観点から検討する際には,会社法上の代表的な判例(本問についていえば前掲最判平成24年4月24日等)について,その判例の事案と問題文中の事実関係の異同を適切に拾い上げ,事実関係に即して柔軟かつ適切に,その判例についての理解を応用することができるようになれば,なお望ましい。
→公開会社と非公開会社を区別する実質的な利益は、実務を知らない受験生には理解しがたいかもしれない。しかし、条文を読んでいれば、これらを区別して定められる規定が一つや二つではないことに気付くはずである。それはつまり、これらの区別を前提に「異なる手続規制が用意されている」ということである。条文から読み取れる事柄は、多い。本当に条文を読むことは大事なのである。
本件決議1に取消事由があることを認定しつつも,そのことがどのような理由から本件株式発行の効力に影響するかについては十分に検討しない答案が多かった。本問において問われているのは,本件株式発行の効力であるため,何が法的論点であるかを常に意識しながら検討をする必要がある。
→「本問において問われているのは、本件株式発行の効力であるため」という指摘は、要するに、設問をちゃんと読んで理解してほしいということである。問われていることを理解した上、それに答えるための判断基準(要件)を条文等から導くことが法的思考の肝である。「何が法的論点であるか・・・」などと言われると、高尚な話のように思うかもしれないが、「問われたことに対して、基本に忠実に考え、答えろ」という当たり前のことを言われているだけである。
全員出席総会による瑕疵の治癒が認められるか否かが問題となることに言及している答案も多くなかった。会社法上の基本的な制度や,条文,判例について理解していることが前提であるが,問題文中の事実関係から,会社法上重要な意味を有する事実を適切に拾い上げることができることが必要である。
→基本的に問題文に無駄な事実はないと思って答案構成していい。ただし、事実を追いすぎると、事実に踊らされて収拾がつかなくなるので注意が必要である。上記で指摘されている通り、事実を適切に拾い上げることが出来るのは、「会社法上の基本的な制度や、条文、判例について理解していることが前提である」。とすると、日頃の学習は、事実を適切に拾い上げるための準備として位置付けるべきである。覚えるだけの学習は、不十分であるということである。
設問2⑴は,比較的良くできていたが,Pの持株比率が低下することを挙げるにとどまる答案など,本件株式併合によって株主に生じ得る不利益を抽象的かつ一般的に論ずるにすぎない答案も少なからず見られた。また,問題文において「どのような不利益が生じ,又は生じるおそれがあると考えられるかについて,説明しなさい。」と問われているにもかかわらず,例えば,単に「持株数(比率)が減少する」という事実のみに言及するにとどまり,生じ,又は生じるおそれがある不利益についての具体的な説明を欠くと評価せざるを得ないような答案も見られた。会社がある行為をする場合に,そのことが利害関係人(本問においては株主)にどのような影響を及ぼし得るかについては,できる限り具体的にイメージし論述することができる力を養うことが求められる。そのことは,事前の手続規制や事後的な救済手段など,会社法上の制度について深く理解するために必要なことであると考えられる。
→上記で述べた通り、事実と評価が大事と指摘されている。目の前にある事実(生の事実)を示し、適切にその評価をすれば、自然と具体的な論述になる。具体的な論述が出来ない受験生は、事実と評価の区別を徹底すればいい。なお、事実の評価は、基本的な法の理解が前提となることも忘れてはいけない。
設問2⑵においては,会社が特定の種類の株式のみを対象として株式の併合をしようとする場合に,不利益を受けるおそれのある種類株式の株主の事前の法的救済方法として,会社法第116条第1項第3号イの規定により反対株主の株式買取請求をすることに言及している答案は少なかった。また,本問の事例は,同法第182条の4の規定により反対株主の株式買取請求をすることができる場面であると誤解している答案が少なくなかった。必ずしも確認する機会が多くない条文であっても,種類株式が発行されている場合における異なる種類株主間の利益調整の必要性とその1つの調整方法である反対株主の株式買取請求等が認められるための要件といった会社法上の基本的な制度についての理解を前提として,問題文中の事実関係に即して適用されるであろう条文を探し出し,その内容を正確に理解することができることが必要である。
→勉強したことがない条文でも「間違えてはいけない」のである。日頃の学習の中で条文を学ぶことも大切であるが、読めるようになっておくことも大切である。これは試験対策としてだけではない。条文を読めない受験生の学びは、どこまでも浅いのである。
Pが本件株式の併合の差止請求をすること又は本件決議3の取消しの訴えを提起することについて論ずるに当たっては,差止事由又は取消事由である法令違反をどのように構成するかが難しかったようであるが,会社法上の基本的かつ重要な制度について学習する上で,例えば,株主総会の決議について特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって当該決議が取り消されることとなるかどうかについて検討することとなる機会は少なくないのであるから,そのような機会を通じて身に付けた基本的な理解を前提として,問題文中の事実関係に即して柔軟かつ適切に,その理解を応用することができることが期待される。
→「法令違反をどのように構成するかが難しかったようである」と思われるのは、法令違反とは何か整理できていなかったからではないか。法令違反を認定するためには、少なくとも、①特定の法令の存在②その違反(要件の話)の段階をクリアする必要がある。この理解を前提に、あとは死に物狂いで該当する事実を探すのである。ここまで理解していて、本番で見つからないのは仕方がない。知らない知識ゼロで試験に臨める受験生は、ほぼ皆無のはずである。
従来と同様に,会社法上の基本的な制度や,条文,判例についての理解を確実なものとするとともに,問題文中の事実関係から重要な意味を有する事実を適切に拾い上げ,これを評価し,条文を的確に解釈及び適用する能力と論理的思考力を養う教育が求められる。
→法的三段論法を極めなさいという話である。法的三段論法という言葉を知らない受験生はいないと思うが、実際に極めている受験生も少ないのが現実である。知識の問題ではなく、訓練の問題である。量も大切だが、適切な指導の下、質を高めないと身につかない。
※法的三段論法の甘さを見逃さないABprojectの添削指導はこちら。
令和2年民事系第二問の採点実感を読んでみた~その2~ 添削指導の申込みを受け付けています。
今日のブログは、とても短い。
昨日ののブログが長かった分、今日は短めです。
でも質はそのまま。
「法学の基礎基本」にこだわっています。
(赤字は筆者)
※長い長いその1もご覧ください。
⑵ 設問2⑴について
ア 全体的な採点実感
設問2⑴は,会社が特定の種類の株式のみを対象として株式の併合をしようとする場合に,当該種類株式の株主とその他の種類株式の株主がどのような利害状況に置かれるかについての理解等を問うものである。
→ご存じの通り、この問題は少々特殊な出題である。しかし、全受験生が大切にすべき「法的なものの見方」を学ぶことが出来る良問である。
設問2⑴においては,本件優先株式のみを対象とする株式の併合(本件株式併合)の効力の発生によって,本件優先株式の株主であるPは,その保有する本件優先株式の数が半減するため,①株主総会における議決権の割合が大幅に縮減することになること,②優先配当額の総額も半減することになることなどについて,説明することが求められる。その際には,Pの議決権割合がどれほど縮減することになるかを具体的に算定した上で,Pは,本件株式併合の効力の発生前には行使することができた一定の少数株主権も行使することができなくなることに言及したり,本件優先株式には累積条項が付されていることなどに鑑みると,優先配当額の総額の縮減によってPが受ける不利益は比較的大きいと考えられることに言及したり,Bの議決権割合が3分の1超になるため,Pは株主総会の特別決議事項についてキャスティングボートを握ることができないようになることに言及するなど,より深い分析をしていれば,なお望ましい。
上記①と②については,言及している答案が多かった。また,上記のような分析をしている答案も一定数見られた。なお,本件株式併合により,本件優先株式の数は半分になるものの,議決権割合は半分にはならないが,議決権割合も半分になるとする答案が少なからず見られた。
→本問では「Pには、どのような不利益が生じ、又は生じるおそれがあると考えられるか」が問われている。無論、この不利益とは、本件株式併合に伴う「法律上の」不利益である(事実上の不利益ではない)。そして、不利益の有無を判断するには、具体的事実を適示しつつ、それを評価する必要がある。(ア)本件株式併合によってどのような効果が生じるのか(効果発生後の事実関係の整理)→Pの保有株式数の減少、(イ)それを前提とすると、Pにはどうのような不利益が生じていると言えるか(権利義務関係に照らして得られる評価)→上記①や②等、の二段階構造を意識できているべきである。生の事実とその評価の区別は、法的三段論法においても重要であるし、「法的なものの見方」としても非常に重要である。
イ 答案の例
(略)
※基礎基本を鍛えるABprojectの添削指導は、こちら。
令和2年民事系第二問の採点実感を読んでみた~その1~ 連日のブログ投稿頑張っています!
今日のブログはかなり長いです。
連日、ひたすら手を変え品を変え「法学の基礎基本」をお伝えすることに苦心しております。
本日から民事系ぢ二問の採点実感を読んでみたシリーズです。
(赤字は筆者)
令和2年司法試験の採点実感(民事系科目第2問)
1 出題の趣旨等
(略)
2 採点方針及び採点実感
民事系科目第2問は,商法分野からの出題である。これは,事実関係を読み,分析し,会社法上の論点を的確に抽出して各設問に答えるという過程を通じ,事例解析能力,論理的思考力,会社法に関する基本的な理解並びに法令の解釈及び適用の能力等を確認するものであり,従来と同様である。その際に,論点について,過不足なく記述がある答案や,記述に多少の不足があっても,総じて記述が論理的である答案,制度の趣旨等に照らして条文を解釈している答案,事案に即して具体的な検討がされている答案には,一定の高い評価を与えた。これらも,従来と同様である。なお,例年言及しているが,文字を判読することができず,文章を理解することができない答案が見られる。そのような文章については,趣旨が不明であるものと判断した上で,採点せざるを得ない。
→具体的な事実関係を条文に沿って整理する能力(事例解析能力)、正しく法的思考を展開する能力(論理的思考力)、会社法の法令解釈・適用能力(条文上明らかでない法知識を含む)、読み手に文意を伝える能力(文章表現力)が求められている。これは、別に気にするところではない。なぜなら、日頃の法律学習の中で当然に強調されるべきところであり、言われるまでもないはずだからである。
⑴ 設問1について
ア 全体的な採点実感
設問1は,公開会社でない株式会社(以下「非公開会社」という。)が募集株式の発行等をする場合にどのような手続が要求されるか,それらの手続に瑕疵があることが当該募集株式の発行等の効力にどのような影響を及ぼすか,及び募集株式の発行等の無効をどのような訴えにより主張すべきかについての理解等を問うものである。
→「・・・を問うものである。」と読んで分かった気になっていてはいけない。設問に何と書いてあったのかが重要である。
設問1には、本件株式発行の効力が発生したことを前提に、①「Bは、本件決議1及び本件決議2には瑕疵があり、そのことが本件株式発行の効力に影響を及ぼすと考えている。」、②「Bは、令和2年5月14日の時点で、どのような訴えを提起して、どのような主張をすることが考えられるかを検討した上で、その主張の当否について、論じなさい。」と書かれている。これらの指示を読んでどの程度明確に書くべき内容を構造的にイメージできたかがポイントである。①を読んで「本件株式発行の効力」が問題となること、すなわち、会社法上いかなる方法で効力を争うことが出来るか(要件効果の話)を考えなければならないことがわかる。②を読んで「具体的な主張」を述べなければならないこと、すなわち、要件にあてはまる事実等を論ずべきことがわかる。これらは、法的三段論法を意識していれば、当然思い至る話である。
①について、効力を争うときに使える条文は定められているか?、定められているとしてそれはどの条文なのか?、その条文にはどのようなことが定められているのか?を六法を頼りに確認する。それを前提に、必要な法律上・事実上の主張(②)を考える。なお、本件では非公開会社における問題であるという「特殊性」がある。事案の特殊性は、常に意識しておく必要があるが、優先順位は後である。まずは、上記の条文からの検討を整理してほしい。
(ア) 設問1においては,Bは,①議決権のある剰余金配当優先株式(本件優先株式)の発行(本件株式発行)を行う旨の議案(本件議案2)に関する甲社の定時株主総会(本件定時総会)の決議(本件決議2)には,取消事由があり,非公開会社において,募集事項を決定する株主総会の決議に取消事由があることは,本件株式発行の無効原因に該当すると主張すること,及び②本件優先株式の内容等の所要の事項を定める定款変更を行う旨の議案(本件議案1)に関する本件定時総会の決議(本件決議1)には,取消事由があるため,本件株式発行は定款の定めのない種類の株式の発行となり,これは本件株式発行の無効原因に該当すると主張することが考えられる。
→本問は「本件株式発行の効力」について問うていた。だから「本件株式発行の無効原因」を検討するべきなのである。そして、募集株式発行無効は訴えをもってのみ主張することが出来ると条文に書いてある(828条1項2号、同柱書)。だから、同無効の訴えに絡めて検討すべきなのである。
そして,令和2年5月14日の時点では,本件株式発行の効力が生じているため,Bは,例えば,新株発行の無効の訴え(会社法第828条第1項第2号)を提起し,本件株式発行の無効原因として,上記①及び②のとおり主張することが考えられる。
→「本件株式発行の無効原因として、上記①及び②のとおり主張することが考えられる。」とあるが、そもそも、条文に無効原因は定められていない。ここが非常に大きな問題である。「ある事柄が条文に定められていない」というのは、論点が生じる典型パターンの一つだからである。この点を大して意識もせず「本件株式発行が無効となるのは・・・」などと書き進めていく答案は、「条文から考える」という基本がわかっていない。出題趣旨や採点実感を読んで「これを書けばよかったんだー。」と膝を叩いているだけの受験生に成長はない。試験問題と出題趣旨・採点実感との「間隙」を埋められなければ、単なる暗記学習で終わる。大事なのは、「理解」である。
これらのことを論述する際には,本問においては,⒜新株発行の無効の訴えの提訴期間(非公開会社にあっては,株式の発行の効力が生じた日から1年以内。会社法第828条第1項第2号)が経過していないこと,さらに,⒝株式の発行の無効原因として,株主総会の決議の取消事由を主張する場合には,当該決議の取消しの訴えの提訴期間内(株主総会の決議の日から3か月以内。同法第831条第1項柱書前段)に,新株発行の無効の訴えを提起しなければならないとする見解に立つときは,その提訴期間も経過していないことにも言及することが求められる。
→「『・・・言及することが求められる。』と書いてあるから今度は書こう。」と考えている受験生は、二流である。条文に照らして検討した後、「法定の訴えをもって無効原因を主張していこう」と考えるからこそ書かなければいけないのである。条文に書いてある訴訟要件すら検討せず、訴えに基づく主張を展開することは、通常、あり得ない。訴訟要件は、本案の前提要件だからである(ただし、検討不要という問題設定となることがありうる)。
しかし,そもそも新株発行の無効の訴えに言及していない答案が決して少ないとは言えなかった。また,新株発行の無効の訴えと,株主総会の決議の取消しの訴え又は当該決議の取消事由との関係について,十分に理解しておらず,何ら言及していない答案や,当該決議の取消しの訴えを提起し,当該決議を取り消す旨の判決を得た上で,当該決議を欠くことを理由として,新株発行の無効の訴えを提起するとする答案(このような手順を踏むことは,新株発行の無効の訴えの提訴期間が経過してしまう危険が大きいため,実務的には考え難い。)もかなり存在した。
→「新株発行の無効の訴えに言及していない」「新株の無効の訴えと・・・取消事由との関係について、十分に理解しておらず、何ら言及していない」答案は、全く条文を使えていないから、その時点でレベルが低い。明らかに基本が出来ていないのである。無効原因は、訴えをもってのみ主張することが出来ると定められているし(828条1項柱書)、取消事由は株主総会決議取消の訴え(831条1項)の規定として定められている。無効原因の論述を展開するなら、避けて通れない条文や説明があるはずである。「正しい法的思考」を意識していないがゆえに、中身がスカスカな答案になってしまっている。このような答案を書く受験生は、知っている論点についてはある程度書けている風に見えるが、少しひねられると途端に崩れる。試験全体を通じて安定した成績を挙げるのは難しい。
(イ) Bの上記①の主張の当否を論ずるに当たっては,本問において,甲社は取締役会設置会社であるから,株主総会の招集通知には,株主総会の日時及び場所のみならず,株主総会の目的である事項及び払込金額が募集株式の引受人に特に有利な金額である場合(いわゆる有利発行の場合)における募集株式を引き受ける者の募集に係る議案の概要を記載しなければならなかった(会社法第299条第2項第2号,第4項,第298条第1項,会社法施行規則第63条第7号ホ)。しかし,本件定時総会の招集通知(本件招集通知)には,株主総会の日時及び場所のみを記載していたため,本件決議2には,株主総会の招集の手続の法令違反という株主総会の決議の取消事由があること(同法第831条第1項第1号)を指摘することが求められる(なお,本問においては,「定款変更の件」及び「株式発行の件」という会議の目的事項について取締役会で決定しているため,同法第309条第5項の違反はないと考えられる。)。
しかし,会社法第299条第2項第2号及び第4項並びに第298条第1項の適用関係や内容を正しく理解しておらず,株主総会の招集通知に株主総会の目的である事項を記載しなければならないことに言及していなかったり,株主総会の目的である事項(議題)と議案を混同していたりする答案が多かった。
→ここで問われていることは、「会社法の条文を知っているか(ちゃんと引けるか)?」ということである。短答でも聞かれるレベルの知識であるから、予備試験や司法試験の短答過去問をきちんと解いていれば、複数の条文を整理した上で、法令違反があることを指摘することくらいはできたはずである。短答式試験の問題は、条文操作を練習するのに最適の素材である。試験科目になっていないからといってやらないというのではいけない。少なくとも予備試験組は解いているはずである。予備試験組の司法試験合格率の高さは、短答を通じた訓練の賜物といっても過言ではない。
(ウ) その上で,本問においては,株主全員(A及びB)が本件定時総会に出席しているから,いわゆる全員出席総会による瑕疵の治癒が認められるか否かについて,会社法が「株主総会を招集するためには招集権者による招集の手続を経ることが必要であるとしている趣旨は,全株主に対し,会議体としての機関である株主総会の開催と会議の目的たる事項を知らせることによつて,これに対する出席の機会を与えるとともにその議事及び議決に参加するための準備の機会を与えることを目的とするものであるから,招集権者による株主総会の招集の手続を欠く場合であつても,株主全員がその開催に同意して出席したいわゆる全員出席総会において,株主総会の権限に属する事項につき決議をしたときには,右決議は有効に成立する」とする判例(最判昭和60年12月20日民集39巻8号1869頁)や,全員出席総会による瑕疵の治癒が認められるためには,株主が瑕疵を認識しつつ,株主総会の開催に同意していることが必要であるとする見解(大阪地判平成30年9月25日金判1553号59頁)等も踏まえ,検討することが求められる。
そして,本問においては,上記の判例を踏まえ,株主全員(A及びB)が異議を述べずに出席しているから,全員出席総会による瑕疵の治癒が認められると論ずることや,上記の見解を踏まえ,(ⅰ)招集通知に記載すべき議案の概要においては本件株式発行が有利発行である旨が示されている必要があると解した上で,Bは有利発行であることを認識していないため,瑕疵を認識して開催に同意したとは評価することができず,全員出席総会による瑕疵の治癒は認められないと論ずること,又は(ⅱ)招集通知に記載すべき議案の概要においては本件株式発行が有利発行である旨が示されている必要はなく,払込金額等の募集事項が記載されていれば足りると解した上で,Bは瑕疵を認識して開催に同意したとも評価することができるため,全員出席総会による瑕疵の治癒が認められると論ずることなどが考えられる。
しかし,全員出席総会による瑕疵の治癒について論じている答案は多くなく,さらに,これについて,株主が瑕疵を認識しつつ,株主総会の開催に同意していることの要否を問題とするなど,充実した論述をしている答案は少なかった。
→ここで問われている瑕疵の治癒について書けなかった受験生は、それほど悲観する必要はない。瑕疵の治癒については、条文に何も書かれていないからである。ただし、「結論の妥当性」という観点から形式的な検討の結果を修正するケースは、論点発生の典型パターンである。会社法においては、「法的安定」を重視する傾向があるから、あの手この手で行為の有効性を維持しようとすることが少なくないことをこれを機に覚えておけばいい。
(エ) また,本問においては,本件株式発行が有利発行に該当することは比較的明らかであると考えられるところ,有利発行の場合には,取締役は株主総会の決議に際して有利発行を必要とする理由を説明しなければならず(会社法第199条第3項),それを欠くことは,株主総会の決議の方法の法令違反という取消事由(同法第831条第1項第1号)に該当する。
本問においては,Cは,本件決議2に際し,2億円の資金調達が急務であり,そのためには,事実上,本件株式発行以外に選択肢がないことを説明する一方で,2万円という払込金額が公正な払込金額である旨の虚偽の説明をしており,Bは本件株式発行が有利発行であることを認識することができていないため,果たしてCは有利発行を必要とする理由を説明したものと評価することができるか,あるいは仮にそのような評価が可能であるとした場合であっても,株主の議決権行使に重要な影響を及ぼす事項について虚偽の説明をして,本件決議2を成立させているため,決議方法の著しい不公正という取消事由(同号)が認められないかといった点について,検討することが求められる。その際には,甲社の取締役は,有利発行を必要とする理由の説明(会社法第199条第3項)をしていないと評価することができるため,本件決議2には決議方法の法令違反という取消事由(同法第831条第1項第1号)が認められると論ずることが考えられる。他方で,Aは,2億円の資金調達が急務であること及びそのためには事実上,本件株式発行以外に選択肢がないことを説明しているから,有利発行を必要とする理由を説明したと評価することができると論ずることもあり得る。また,Aは,株主の議決権行使に重要な影響を及ぼす事項について虚偽の説明をして,本件決議2を成立させているため,本件決議2には,決議方法の著しい不公正という取消事由(同号)が認められると論ずることもあり得る。
→要するに、199条3項違反があったかどうか(=決議方法の法令違反)が問われている。同項から導かれる要件を丁寧に検討し、事実をあてはめていれば、十分に合格答案になるはずである。ほとんどの受験生が事前知識を持っていない状態でこの問題に臨んでいるはずである。とすれば、合否を分けたのは、「条文を使いこなす力」である。とかく会社法の問題は、正確に条文を引用し、使いこなせるかが問われている。それさえできれば、何も怖くない。「知識がなかったから点数が取れなかった」は、会社法に限ってはほとんどありえないと思う。
本件株式発行が有利発行に該当するか否かについて言及している答案は多かった。その中では,有利発行を必要とする理由の説明をしていないと認定する答案が最も多かったが,そのような認定をした根拠を十分に述べない答案も少なくなかった。また,特に根拠を挙げることなく,有利発行を必要とする理由を説明したと認定する答案も散見された。なお,上記のとおり,本問においては,本件株式発行が有利発行に該当することは比較的明らかであると考えられるため,本件株式発行が有利発行に該当するか否かについては,さほど厚く論ずる必要はないと考えられるが,その点を長々と論ずる答案が少なからず見られた。
→知識がないから「根拠」を上手く述べることが出来なかったのだろう。それは仕方がない。知っているふりをして長々と論じてみても、墓穴を掘るリスクが高まるだけでさほど点数が上がるケースは多くない。「さほど厚く論ずる必要はないと考えられるが、その点を長々と論ずる答案」は、ただの悪あがきであるし、事例解析能力の低さを露呈するだけである。
(オ) そして,本件決議2に取消事由が認められると解する場合には,例えば,「非公開会社については,その性質上,会社の支配権に関わる持株比率の維持に係る既存株主の利益〔支配的利益〕の保護を重視し,その意思に反する株式の発行は株式発行無効の訴えにより救済するというのが会社法の趣旨と解されるのであり,非公開会社において,株主総会の特別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場合,その発行手続には重大な法令違反があり,この瑕疵は上記株式発行の無効原因になる」とする判例(最判平成24年4月24日民集66巻6号2908頁)を踏まえ,本問のように,募集事項を決定する株主総会の決議を経ている場合であっても,本件決議2に上記のような取消事由があると解するときは,既存株主の意思に反してその支配的利益が害されていると言うことができるか否かについて,事案に即して検討した上で,本件株式発行に無効原因が認められると解すべきか否かを論ずることが求められる。
前掲最判平成24年4月24日の判示内容に照らすと,募集事項を決定する株主総会の決議の手続を経ていても,決議に取消事由がある場合には,株主は自らの支配的利益が損なわれていることに真に同意しているとは評価することができず,株主の意思に反して支配的利益が損なわれていると言うことができるため,株式の発行の無効原因が認められると解されると論ずることが考えられる。その上で,本問においては,上記のように,募集事項を決定する本件決議2について取消事由が認められると解されるため,本件株式発行には無効原因が認められ,Bの主張が認められると論ずることが考えられる。
他方で,株主総会の決議に取消事由がある場合であっても,それが既存株主の支配的利益に影響を及ぼさないときは,株式の発行の無効原因が認められないとする解釈もあり得る。そのような解釈を採る場合には,本問においては,支配的利益に影響を及ぼすと論ずること又は影響を及ぼさないと論ずることのいずれもがあり得る。また,Bには,有利発行である本件株式発行を差し止める機会が実質的に与えられなかったことも考慮して,本件株式発行に無効原因があると認められるか否かを論ずることも考えられる(最判平成9年1月28日民集51巻1号71頁を参照)。すなわち,会社法上,非公開会社において,原則として株主総会の決議が要求されるところ,株主総会の決議の手続が要求される場合には,株主はこのような手続を通じて募集事項を知ることができるといった理由から,募集事項の公示が要求されていない。ところが,本問においては,株主総会の決議の手続を経ているものの,Bに有利発行であることが秘匿されているため,Bには株式発行差止請求権を行使する機会が保障されていなかったと評価することもできる。そのことに着目して,本件株式発行には無効原因が認められ,したがって,上記のBの主張は認められると論ずることもあり得る。
このように,①本件決議2に上記のような取消事由があることと本件株式発行の無効原因との関係について十分な論述がされている答案は必ずしも多くなかったが,②非公開会社における株主の支配的利益を厚く保護すべきであるという前掲最判平成24年4月24日の実質的根拠等に言及した上で,本件株式発行の効力を論ずる答案は一定数見られた。また,特に理由を述べることなく,③本件決議2に取消事由があることが直ちに本件株式発行の無効原因に該当するかのように論ずる答案が相当数見られた(株式の発行の無効原因は,判例及び学説上,限定的に解されている一方で,株主総会の決議の取消事由は,株主総会の決議の瑕疵の中でも比較的軽微な事由であるとされていることとの平仄が検討されておらず,株式の発行の無効という結論に合わせた強引な論述であると言わざるを得ない。)。なお,株主総会の決議の取消しの訴えを提起し,当該決議を取り消す旨の判決を得た上で,新株発行の無効の訴えを提起することを前提として,前掲最判平成24年4月24日の判示内容をそのまま当てはめる答案も一定数見られた。(下線及び丸数字は筆者)
→①について。参考判例の知識を前提に十分な論述をするのは、実際のところ、非常に難しい。これが出来るのは、かなりの上位答案だということになる。②について。非公開会社の特殊性を踏まえるべき問題は、過去にも出題されていることから株主の支配的利益に言及することが出来たのだろう。真に判例を理解できていたかどうかは疑わしいが、仮に判例を読んだことがなくても問題演習等を通じて「判例関連知識」を蓄えているのだろう。問題演習とその解説を通じて判例関連知識を増やしていく方法は、「判例百選」をダラダラ読む方法よりおススメである。シンプルに退屈しにくいからである。③について。カッコ書きで実質的な問題点を指摘してくれているが、そもそも、決議取消しの訴えの本案要件と株式発行無効の訴えの本案要件は、別物のはずである。条文から要件を定立し、それにあてはめるという法的三段論法に精通している者なら、③のような指摘を受ける答案の違和感に気付けるはずである。気付けないのは、基本が出来ていない証左である。
なお、「無効事由=重大な法令違反」程度の知識は持っていてほしい。
(カ) Bの上記②の主張の当否を論ずるに当たっても,上記と同様に,本件決議1には,株主総会の目的である事項及び定款の変更に係る議案の概要の記載がないという株主総会の招集の手続の法令違反があり,そのことが株主総会の決議の取消事由に該当すること(会社法第831条第1項第1号)を指摘した上で,全員出席総会による瑕疵の治癒が認められるか否かについて,判例(前掲最判昭和60年12月20日)等も踏まえ,検討することが求められる。
→既に述べた通り。
(キ) そして,本件決議1に取消事由が認められると解する場合には,本件株式発行が定款の定めのない種類の株式の発行に該当し,これが本件株式発行の無効原因に該当すると認められるか否かについて,検討することが求められる。
他方で,全員出席総会による瑕疵の治癒が認められるためには,株主が瑕疵を認識しつつ,株主総会の開催に同意していることが必要であるとする見解に立った上で,Bが瑕疵を認識していたかどうかを問題にする答案の場合には,本件決議1については瑕疵の認識があるため治癒が認められるとする答案もあり得る。
これについては,本件決議2と本件決議1を区別しないで,いずれも決議に取消事由が認められるため,本件株式発行には無効原因が認められると論ずる答案が多かった。もっとも,本件決議1については,決議に取消事由が認められるため,本件株式発行が定款の定めのない種類の株式の発行に該当し,これが本件株式発行の無効原因に該当すると論ずる答案も,少数ではあるが,見られた。
→この点に解答するためには、かなり高度な事例解析能力と条文知識が求められる。上手く解答できたのが「少数で」あったこともうなずける。司法試験には、解答出来なくてもいい論点があることを知っておいてほしい。
イ 答案の例
(略)
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令和2年民事系第一問の採点実感を読んでみた~その3~ 判例の機能を知っているか?
判例にも出現パターンがある。
今回は、民事系第一問の採点実感を読んでみた最終回です。
毎年判例に対する理解不足が指摘されますが、それは、そもそも「判例とは何か」をわかっていないことが原因のように思います。
(赤字は筆者)
※その1、その2もぜひご覧ください。
⑷ 全体を通じ補足的に指摘しておくべき事項
本年の問題も,昨年に引き続き,どのような法規範(判例により形成される規範を含む。)の適用を問題とすべきかという大きな検討課題の把握は比較的容易であり,実際にも,これを大きくは外さない答案が少なくなかった。それでも答案間で評価に差が付くのは,分析の深度や精度,更には論理的な展開力などによるところが大きいと感じられることも,昨年と同様である。(下線は筆者)
→条文を適切に使えるか、法的三段論法は身についているかなど、基本的な能力・技術の部分で差がつくということである。闇雲に知識を増やしても、理解は深まらない。理解を深めるためには、基礎基本をきちんと押さえることである。
すなわち,本年の各設問にも現れているように,ある一つの事案を解決するに当たっては,複数の制度や判例等にまたがった分析が必要となるが,当然ながら,そのためには,個々の制度等についての理解が必要であり,更には,制度相互間の体系的な理解が必要になる。その上で,これを一つの分析結果にまとめ上げるためには,その理解している内容を,示された事実関係を踏まえて論理的に展開していくことが重要である。
→この部分は、短答過去問をしっかり解くと馴染みやすいと思う。短答過去問の中には、いわばミニチュア論文問題のような問題がある。短答過去問も知識確認だけでなく、法的三段論法を意識して丁寧に解いてもらいたい。正しく学習していれば、いずれ上記の課題はクリアできるはずである。道は果てしないが、残念ながら近道はない。
このような法律の体系的理解とこれに基づく実践的な論理展開能力の重要性は例年指摘しているところであり,引き続き留意をしていただきたい。その上で,本年の答案を見て特に感じられたことについて,幾つか指摘しておきたい。
第1に,問題文をよく読まず,その指示や趣旨に従わずに論ずるものが散見されたことである。例えば,設問1において,Bが乙建物に住み続けることを前提として,Cへの支払額を少なくするためのBの契約責任に基づく主張について尋ねているにもかかわらず,契約の解除,取消しといった契約関係を解消する主張などを論じる答案が散見されたことや,設問2において,問題文で指示した解答の流れから外れた論じ方をする答案も散見されたことである。問題文において指示した内容に応じて解答する前提で採点はされるから,限られた時間内に必要十分な答案を作成するためには,問題文をよく読んで理解した上で答案を作成することが肝要である。
→その通り。すでに「演習不足」が原因だろうと指摘した。
第2に,特定の法律効果の発生の有無を検討することが求められているのに,その基本的な要件が満たされているかどうかを検討せず,自己が主要な論点と考える部分のみを論ずるものが散見されたことである。例えば,設問1において,契約不適合責任の有無について深く論ずること自体はよいとしても,それのみを検討し,代金減額請求や損害賠償請求の他の要件に触れないまま,安易に請求権の発生を認める答案が散見された。法律効果を発生させるためには法律要件が満たされていなければならないという当然の基本的原則を常に銘記する必要がある。
→「法律効果を発生させるためには法律要件が満たされていなければならないという当然の基本的原則を常に銘記する必要がある」のである。日頃からやるべきことは、これである。論点はその先にしかやってこない。採点実感で指摘されているからではなく、法の「基本的原則」であるからやらなければならないのである。
第3に,毎年のように指摘をしているにもかかわらず,本年も,文字が乱雑であったり,小さすぎたり,あるいは線が細すぎたりして,判読が困難なものが一定数存在したことである。特に,十分な答案構成をせずに書き始め,後から既述部分に多数の挿入をする答案は,必然的に文字が小さくなり,その判読が困難になる。これらの点についても,引き続き改善を望みたい。
→文字を大きく書く、間隔を広く開けることをしてほしい。文字が乱雑になってしまうのは、非常によくわかる。個人的な話で非常に恐縮だが、正直どうしようもできなかった。ただ、文字は大きく、間隔は広く。それだけで随分違う。
4 法科大学院における今後の学習において望まれる事項
本年は,民法(債権関係)改正の施行後初めての試験であり,同改正を踏まえた出題もされているが,おおむね改正内容を把握した上での解答がされており,法科大学院教育を通じて改正内容についての理解が進んでいることがうかがわれた。引き続き,改正内容を踏まえた法的知識の習得に取り組んでいただきたい。
→判例を明文化しただけの部分も多い。
また,本年においても,昨年ほどではないものの,設問の文字数を減らして受験者の事務処理の負担を軽減しつつ,財産法の分野における基本的知識・理解を横断的に問う問題が出題された。条文や判例に関する基本的な知識を踏まえ,問題文を注意深く読んだ上で,【事実】に顕れた事情を分析して設問の趣旨を適切に捉え,筋道を立てて論旨を展開すれば,相当程度の水準の解答ができるはずである(設問2の小問(2)は,多くの受験生にとってこれまでに検討したことがない問題であったと思われ,検討に時間を要するとは考えられるが,このような問題であっても,基本的な知識・理解が十分身に付いていれば,それを手掛かりとしながら検討することは可能であると考えられる。)。限られた時間内で答案を作成するためには,短時間で自己の見解を適切に文章化するのに必要な基本的知識・理解を身に付けることが肝要であり,引き続き,法的知識の体得に努めていただきたい。
→事務処理の負担が軽減したとは言いつつも、依然大変な事務処理量だと感じる受験生が多いのではないか。スムーズに答案構成し、スムーズに論述を進める必要がある。これは、「気合い」の問題ではなく「事前準備」の問題である。「条文(なければ判例)→要件効果」までの流れは、短答過去問等を通じて徹底的に練習し、考えなくても出来るようにする必要がある。これは、基本中の基本。ここが疎かになるから、本番でもミスが出る。多くの場合、あてはめや正確な規範に注力する前に勝負がついてしまっている。
さらに,本年も,昨年同様,判例を参考にすることで深い検討を行うことができる問題が出題されているが,法律実務における判例の理解・検討の重要性を再認識していただきたい(判例の採った論理や結論を墨守することを推奨してはいないが,判例と異なる見解を採るのであれば,判例を正確に指摘して批判することが必須である。)。例年指摘されているところであるが,判例を検討する際には,その前提となっている事実関係を基に,その価値判断や論理構造に注意を払いながらより具体的に検討することが重要であり,かつ,様々なケースを想定して判例の射程を考えることで,判例の内容をより的確に捉えることができるものである。このような作業を行うことで,個々の制度についての理解が深まるだけでなく,制度相互間の体系的な理解が定着することに改めて留意していただきたい。
→条文で定められていない部分を判例が埋めるという話は、先述した。このように判例には決まった「機能」がある。それを意識せず闇雲に暗記しようとしていないか。判例の「重要性」は知りつつも、なぜ重要なのかイマイチ理解していない受験生が多いように思う。それは、判例を学ぶ前段階のつまづきが原因であると思われる。
(民事系第二問はまた後日)
※判例の機能まで教えるABprojectの添削指導は、こちら。