予備試験・司法試験の合格を目指すあなたへ 嫌なら辞めなさい
諦めることの可能性
さて、私は予備試験・司法試験に合格するための話を常々してきているわけですが、決してそれがすべてではないとも思っています。
「諦めることの可能性」が今日のテーマです。
私が見る限りですが、予備試験・司法試験に合格できない人の多くが何かを諦められていないように見えます。
例えば、「この論証を正確に暗記しなければいけない」「予備試験・司法試験に合格しなければいけない」「過去問を繰り返し解かなければいけない」「百選を通読しなければいけない」とかいう縛りに囚われて自由な発想・行動ができなくなっています。
頑張って食らいつくことも大事ですが、諦めることで初めて見えることもあります。
「諦める」のもともとの意味は、明らかにするということだそうです。
今ある縛りから抜け出せない(諦められない)でいることは、もしかしたら、何かが明らかになっていないという状況なのかもしれません。
今やっていることがこれまでコツコツ積み上げたものであればあるほど、それを手放すことに勇気がいることは、私も自分の経験からよくわかります。
でも、積み上げたものが多くなればなるほど、時間・労力も多くかかっていることになります。
また、それに伴う自分の癖も強くなっていきます。
これはすなわち、引き返すことも難しくなっていくということです。
諦めるなら早い方がいいとも言えるのです。
そもそも、予備試験・司法試験の合格を目指すということも人生の選択肢の一つでしかないと思っています。
今勉強に行き詰っているという方は、ぜひ受験を辞めるということも考えてみてください。
本当は辞めたくないと思うなら、辞めるという行動に心が反応を示します。
そこでスパッと辞められるなら、おそらく他に進むべき道があるのだと思います。
人が辿り着くべきところというのは、運命的にある程度決まっているそうです。
頑張ったって無理なものは無理だというケースもありうるのです。
そんな時は、別のところに自分の真の幸せがあります。
世の中には「諦めないことの美徳」みたいなものもあるように思いますが、それだけが正解ではないのがこの世の面白いところだと思います。
少々スピリチュアル感が出てしまいましたが、別にそういった方向に誘おうとしているわけではありませんので、悪しからず。
最後になりますが、仮に予備試験・司法試験の合格を諦めても、その勉強は絶対に無駄になりません。
その過程で学んだ知識だけでなく論理的思考の組み立て方や視点の立て方は、人生を生きていくうえで絶対に生かせるからです。
だからこそ、多くの方に法律の勉強をして頂きたいと思うのが私の正直な気持ちです。
「諦めることの可能性」を説いてはみましたが、本当はいつでも辞めていいくらいの軽い気持ちで一人でも多くの方に法学に興味を持ち続けて頂きたいなと思う次第です。