予備試験に合格した私だから伝えられる!法学の基礎基本!

予備試験・司法試験の合格を目指していた私が法学の基礎基本とは何か…ということに悩み苦しんだ結果、たどり着いた答えを書き綴っていきたいと思います!難しい論点を解説しようとはしていません。法律の資格試験に合格するのに必要なことは法学の基礎基本を見極め、理解することだけです!

後書きに変えて 法学に関する私の目標

資格を取るためだけに法を勉強するのはもったいない

いよいよ法学に関していろいろ書いてきた当ブログも一区切りです。

次回からは、英語をテーマにブログを書いていきたいと思います。

「なんで英語?!」と思われるかもしれませんが、理由は単純です。

完全なる私事で恐縮ですが、私がワーホリに行くからです。

予備試験・司法試験を経験したら、次はワーホリだ!」と息巻きながら、ここ数年を過ごし、いよいよ時が来たことになります。

ワーホリで経験したことや英語に関するあれこれなどを引き続き当ブログ内で書き綴っていければと思っています。

ちなみに、私的には「英語」というテーマと「法学」というテーマを同じブログ内で書き綴ることにさほど違和感を感じていません。

なぜなら、私としては、いずれも人(特に自分)の成長をサポートするツールという点で共通点を感じており、「日々成長」という自分自身のテーマに密接にかかわる話だからです。

「英語」をテーマとするブログ更新にも乞うご期待!!

 

さて、今回の本題に入りたいと思います。

私が法学を通じて考えるに至ったのは、法学の一般教養化です。

法学というと「専門科目」「難しい」というイメージが先行し、法学部に入った人や起業の法務部に配属された人、弁護士を目指す人など、一部の限られた人のみが学ぶものとなってしまっています。

世間的には相続問題や離婚問題、セクハラ問題など、様々な法律問題が取り上げられることも増えてきたため、特定分野の法知識を蓄えている人は増えているように感じます。

しかしながら、これは、法を「学ぶ」こととは違うと思っています。

私が大事にしたいのは、法学を通じて「法知識を増やす」ということではなく、法学を通じて「能力を伸ばす(もちろん、法知識も学びますが・・・)」ということです。

単に法知識を暗記するのではなく、物の見方や考え方、自分の意見と他者の意見との調和のとり方など、とても複雑な社会を統制する「法を学ぶ」ことから得られるものは少なくないと思います。

 

「なぜこの条文は存在するのか?」「なぜこの判例はこういう結論を出したのか?」

「当事者Xの主張を認めることは、相手方Yの生活にどのような影響を及ぼすのか?」

など、法律問題を通じて直面する様々な「なぜ」に自分なりの答えを導くことは、理解力・思考力・表現力を総合的に要求されます。

いずれの能力も社会に出て必要になる能力ですが、現行の日本の教育課程の中で十分にこれらの能力が養成されているでしょうか?

仮に現行の教育課程でもこれらの能力が養成可能としても、学生達が能動的に学ぶ姿勢を見せているでしょうか?

「授業で学ぶ知識が将来何の役に立つのか・・・?」

というのは、サボる生徒のよくあるいいわけです(私もそうでした・・・(笑))。

 

法学は、社会で生きる者すべてが学ぶべき知識であり、かつ、それを支える論理や視点は、法学に限らず様々な分野で応用可能です。

昨今、弁護士がメディアを始め様々な場所に活動の場を広げられているのも、法知識があることに加え、多角的なものの見方や論理的思考力を身につけていることなどが大いに関係していると思います(ちなみにこれらの能力は、必ずしも先天的なものではないと思います)。

 

難しいことがわからなくても法学を学ぶことはできます。

そもそも、法律は全国民を縛るルールですから、その理屈が国民に理解されない・納得されないのは、問題です。

つまり、法律を理解できない人が悪いのではなく、人に理解されない法律が悪いのです。

大学の学部選択に迷ったとき、もう一つ上のステージを目指したいと思ったとき、暇を持て余したとき、きっかけは何でも構いません。

気軽に「法学」を始めてみませんか?

「法学」が当たり前に学ばれる一般教養になることを願ってやみません。

 

繰り返しになりますが、次回からは「英語」がテーマです。

今後も大勢の方に当ブログをご覧いただけると嬉しいです。

なお、引き続き添削指導は続けておりますので、ご興味のある方は、お気軽にお問い合わせください。