令和2年刑事系第一問の採点実感を読んでみた~その3~ 見えないものを見えるようにするにする
「なぜできないのか?」を基礎基本から説明する。
基礎基本に立ち返らないと見えないことがあるのに、先を急ごうとするのはナンセンスです。
(赤字は筆者)
イ 設問2について
本設問では,出題の趣旨で記載した①ないし③の事実を挙げつつ,これを根拠に実行行為性又は実行の着手,因果関係及び故意を否定するための理論構成を記述することが求められていたが,多くの答案は,必要な記述を展開することができていた。
他方,理論構成に関する基本的理解が不足しているとの印象を受ける答案も目立った。例えば,因果関係を否定する場合には,被害者の特殊事情を判断資料に含めるべきかという視点が不可欠であるところ,このような視点を欠いたまま,諸般の事情の総合的判断によって因果関係を否定するなど,論理過程に疑義のある答案が散見された。また,甲が第2行為を止めたことに着目して,甲に中止犯が成立し,殺人未遂罪になるため,殺人既遂罪は成立しないと結論付ける答案も相当数あった。しかし,中止犯は,未遂犯の成立を前提とする以上,中止犯が成立することが殺人既遂罪の成立を否定する理由とならないことは明らかである。これらの答案は,いずれも総じて,論証パターンを無自覚に記述しているにすぎないとの印象を受けた。
→この辺りの知識は短答過去問でも触れられているはずである。短答過去問の学習は、同時に論文対策にもなる。予備試験・司法試験の過去問は、論文・短答問わず、十分に繰り返しておいて損することは絶対にない。刑法の基本的理解をサポートしてくれる再考の素材ばかりである(刑法に限ったことでないが)。
ウ 設問3について
本設問では,前述2のとおり,⑴ないし⑷の各行為の擬律判断が求められていたところ,これら各行為をまんべんなく検討している答案は少数であった。⑴の行為については,そもそも1項詐欺罪の成否が問題となることを把握できていない答案も多かったが,これを把握できている答案についても,甲が自己名義の預金口座から犯罪によって得た金員の払戻しを請求しているという事情を適切に評価している答案はごく一部にとどまった。
→「少数であった」という記述から推測するに、多くの受験生にとってこの部分は、難しかったのであろう。この点に言及しなかった答案は、「甲が自己名義の預金口座から」払戻を受けていることを評価した結果であろうか。しかし、「犯罪によって得た金員の払戻し」という特殊事情(=典型的なケースでは存在しないであろう事情)に注目して、要件検討をする姿勢は見せられたのではないか。「要件効果」という基本に立ち返って粘りを見せられた受験生は、知識の有無に左右されない正しい法的思考を身につけているものと思われる。
⑵の行為については,横領罪の成否が問われていることを把握できてはいても,その客体が500万円に限定されることや,検討対象となる行為と客体の特定を意識的に結び付けて論じることができている答案は必ずしも多くなかった。
→この点については、上記の通り。
⑶の行為については,早すぎた構成要件実現の処理が問われているところ,甲の計画に反し,第1行為によってAの死亡結果及び財産上の利益の移転が現実化しているため,2項強盗殺人罪の成立を認めるためには,同罪の実行行為及び故意が認められるかを具体的に論ずることが必要になるが,そもそも問題の所在を適切に指摘できている答案は少数にとどまった。例えば,多くの答案が,出題の趣旨で記載した最決平成16年3月22日刑集58巻3号187頁が示した判断要素を前提として,第1行為の段階で実行の着手が認められることから故意既遂犯の成立を導いていたが,実行の着手が認められることが,なぜ故意既遂犯の成立を認める論拠となるのかについて,十分な説明を欠いている答案が多数であった。
→判例をそのまま覚えているだけだから、説明できないのである。故意既遂犯が成立するためには何が必要なのか、を意識していれば、判例の内容を改めて整理してインプットし、それを答案上でも表現する必要があることに思い至るはずである。
強盗の実行行為性,すなわち第1行為自体,あるいは第1行為と一体的に評価された第2行為が,強盗罪にいう「暴行」に該当するか否かについて論じることができている答案は少数であった。
→ここは、多くの答案において、条文の文言に着目すること、実行行為性という構成要件に着目すること、という基本が出来ていないと指摘されたものである。これらは、いつも当たり前に意識すべきことである。なぜなら、犯罪成立を導く法的根拠であり、要件であるからである。
他方,強盗罪の実行行為性を認める立場からは,同罪の手段と評価し得る行為によりAが死亡した本事例では,強盗の機会性の有無について論じる必要はないはずであるのに,これを長々と論じる答案が散見された。関連する論点をとりあえず書いておこうとするのではなく,具体的な事案の解決において必要となる論点に絞り込んで検討することが肝要である。
→「何を書いていいかわからない」時にとりあえず何かを書いておくパターンで上手くいくことはほとんどない。大抵、墓穴を掘るだけである。「沈黙は金なり」である。司法試験で大事なことは、「間違えないこと」だからである。
少数ながら,甲が500万円の返還を免れたことが昏酔強盗罪の客体に当たるとして同罪の成立を認め,「2項昏酔強盗殺人」という犯罪が成立するとした答案もあった。しかし,条文上,昏酔強盗罪の客体が財物に限られていることは明らかであり,基本的知識の不足と条文を確認する姿勢の欠如が感じられた。
→昏睡強盗罪についてしっかり学んだことがなかったのかもしれない。それは、試験本番においては、もう仕方ない。しかし、試験本番において「条文を確認する姿勢の欠如」があったとすれば、これは、大きな問題である。条文を確認することは普段の学習から無意識的に出来ていなければならないことだからである。試験本番を迎えても条文の一字一句を全て暗記している受験生は、恐らくいない。だからこそ、全受験生は、試験本番でも条文をきちんと確認すべきである。法律家にとって大事なことは「間違えないこと」だからである。
⑷の行為については,腕時計の奪取時点で,Aが生存していたことは問題文上明らかであるのに,死亡していたとして,死者の占有が腕時計に及ぶか否かを論述する答案も散見された。例年指摘しているところであるが,問題文をよく読んで,何が問われているかを正確に把握して検討に取り掛かることが求められる。
→問題文を読んだものの、起案段階になって読んだ内容を正確に記憶していないということは起こり得る。その原因はの一つは、演習不足。もう一つは、刑法の基本的知識が定着しておらず、試験本番で頭の中が混乱してしまっていることである。いずれにしても、これらは、試験本番までの「事前準備」において解決しておくべき問題である。ちなみに、脳の機能不足を感じる受験生には、「脳トレ」をおススメする。現にそれをやって司法試験の成績が伸びた者もいるようである。
なお,本設問で殺人既遂罪の成否を論じず,自説の内容が不明の答案が散見された。このような答案は,設問2での記述を所与の前提としている印象を受けたが,これを前提にするのであれば,設問2に関する記述が自説であることを示しつつ,論じる必要があった。
→答案の書き方に迷う受験生は多いようである。確かに「経験不足」ゆえに、書き方がわからないこともあると思う。しかしながら、近時の出題傾向の変化に対応できないのは、経験不足でなく、法学の基礎不足だと思う。法的主張の構造をきちんと理解した上、問いに答える形で引き直せばいいだけだからである。憲法でも同様の傾向が見られるが、「猿真似」のような学習姿勢では、法の本質に近づくことは難しいだろう。
(続きは後日)
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