令和2年刑事系第一問の採点実感を読んでみた~その1~ 刑法が苦手はあり得ない
形式を重んじれば書ける
何事も型は大事です。
法律論も同じです。
刑法は、形式さえ崩れなければ、だいたい何とかなります。
(赤字は筆者)
令和2年司法試験の採点実感(刑事系科目第1問)
1 出題の趣旨,ねらい
既に公表した出題の趣旨のとおりである。
2 採点方針
本問では,具体的事例について,甲の罪責や,その理論構成,一定の結論を導くために着目すべき事実を問うことにより,①刑法総論・各論の基本的な知識と問題点についての理解,②事実関係を的確に分析・評価し,③具体的事実に法規範を適用する能力,④対立する複数の立場から論点を検討する能力,⑤結論の妥当性や,その導出過程の論理性,論述力等を総合的に評価することを基本方針として採点に当たった。(丸数字は筆者)
→問われている能力や知識は、①~⑤とのことである。刑法の基礎基本を身につけておくこと(①)。それを前提に具体的な事実関係を法的に分析・評価できること(②)。①②から明らかになる事項(論点だけでなく、条文解釈の結果として明らかになる規範も)を前提として適切なあてはめができること(③)。①に関して複数の立場から見解を述べられること(④)。結論の妥当性を意識しつつ、論理的に一貫した論述が出来ること(⑤)。④は少々特殊性があるかもしれないが、それ以外は、ただ単に法律論を展開する際の基本を指摘しているにすぎない。これらは、刑法のみならず他の科目でも妥当するものである(刑法知識は別)。すなわち、ここで明らかにされている採点方針の中で評価されない答案を書いているとすると、他の科目でも成績が振るわない可能性が高い。法の基礎基本を押さえていないと、いわば全科目に共通する「基礎点」のようなものを落とすことになり、一つ二つの論点落としと比にならない失点となり得る。
いずれの設問の論述においても,各設問の内容に応じ,各事例の事実関係を法的に分析した上で,事案の解決に必要な範囲で法解釈論を展開し,問題文に現れた事実を具体的に摘示しつつ法規範に当てはめて妥当な結論や理論構成を導くこと,さらには,それらの結論や理論構成を導く法的思考過程が論理性を保って整理されたものであることが求められる。ただし,論じるべき点が多岐にわたることから,事実認定上又は法律解釈上争いが生じ得る事項など法的に重要な事項については手厚く論じ,そうでない事項については簡潔に済ませるなど,答案全体のバランスを考えた構成を工夫することも必要である。(下線は筆者)
→下線部が苦手な受験生は多いようである。不十分な論述で得点できないことを恐れるからであろうか。しかし、過剰な論述をしている答案も同様に失当である。「検討すべき事項は何か?」を具体的な事実関係と条文の規定を照らし合わせて的確に見定められること自体が実力である。それが出来なければ、適切な法律論の展開は不能であるからである。また、「検討すべき事項」に対していかなる論述(規範定立とあてはめ)が必要かを判断できる能力も実力である。この辺りのことが出来ていない受験生は、「法律問題を解決する」という法の本質を意識していないと言わざるを得ない。この意識がなければ、試験本番の論述が失当なものとなるだけでなく、日頃の学習もあまり実りのないものになってしまう。試験は試験のためにあるのではなく、受験生の成長を促す道標を与えてくれるものである。過去問を努めて学ぶ重要性もここにある。
出題の趣旨でも示したように,設問1では,事例1における甲の罪責について,甲に成立する1項恐喝罪又は2項恐喝罪いずれかの被害額が,①600万円になるとの立場及び②100万円になるとの立場双方からの説明に言及しつつ,最終的に自説としてどのような構成でいかなる結論を採るのかを根拠とともに論じる必要があった。したがって,上記①及び②を小問形式と捉えて,それぞれの理論構成を別個に示したにとどまり,いかなる結論がいかなる理由で妥当であるのか,自説を論じていない答案は,低い評価にとどまった。(下線は筆者)
→一つ目の下線部は、249条1項又は2項のいずれを適用すべきか(本罪の被害法益の区別)、条文適用の帰趨(あてはめの結果)等を問題としていると解される。いかなる事項も法的三段論法においてどう位置づけるべきかを意識することが大切である。
二つ目の下線部は、「設問をきちんと読んで答えなさい」という話である。問いに答えていない答案の評価が低いのは当然である。
①及び②への言及においては,出題の趣旨で記載した各立場からの説明が考えられるが,これを客観的構成要件要素に関する法解釈上の問題と位置付け,恐喝罪の保護法益の内容や同罪における「財産上の損害」の要否及びその内容に関する各見解を踏まえ,論理性を保って論述することができている答案は,高い評価であった。他方で,①及び②への言及で上記各見解に一切触れず,専ら違法性阻却の観点から,すなわち,犯行態様等の違法性阻却の判断要素に関わる事実関係の評価を変えることにより,違法性が阻却されない場合を①の立場,500万円の交付については違法性が阻却される場合を②の立場として説明するのみの答案は,低い評価にとどまった。
→犯罪の成否を検討する際、その成立要件として構成要件該当性・違法性・有責性について検討すべきことは、司法試験受験生なら知らないものはいないはずである。しかし、知っていることと出来ることは違う。仮に本件で参考になるような判例を知っていても、それを犯罪の成立要件に関連付けて整理していなければ、この問題は解けない。あるいは、「要件効果を一つ一つ積み重ねる」という形式を意識した論述をしていれば、本番で何とか対応出来たかもしれない。いずれにしても、本問について「論点を知らなかった」という一言で片づけてしまう受験生に成長はない。知らない論点もそれなりに書けるようになるための準備は法律家になるために必須であるし、そのために必要なことは、法学の基礎基本を追及することにあるからである。
設問2は,Aが睡眠薬を摂取して死亡したことについて,自説か否かに関わりなく,甲に殺人既遂罪が成立しないという結論の根拠となり得る具体的事実として考えられるものを3つ挙げた上で,それらが当該結論を導く理由を記述させるものであった。
→この設問を読んで何を考えたか。「犯罪成立要件のいずれかを通じて犯罪の成立を否定できればいい!」という視点に直ちに至り、検討を開始することが出来ていたか。いわゆる「あたり」を付けて検討することが出来るか否かは、事務処理のスピードを上げ、かつ、ミスを減らすために重要である。
この3つの事実としては,出題の趣旨で記載した①,②及び③の各事実が考えられる。これに対し,当該結論を導く理由としては,様々な理論構成からの説明が考えられるところ,問題文で「事実ごと」の記述が求められている以上,出題の趣旨で記載したとおり,複数の事実を一括せず,①の事実に着目して実行行為性又は実行の着手を,②の事実に着目して因果関係を,③の事実に着目して故意を,それぞれ否定することが想定されていた。また,問題文で「簡潔」な記述が求められているのであるから,理論構成の根拠や他説への批判まで論じる必要はなかった。
→「『事実ごと』の記述が求められている」とは、すなわち、要件ごとの検討が求められているということである。具体的な事実が法的に意味を持つのは、要件との関係においてだからである。
「『簡潔』な記述」が何かわからない受験生が多いようである。それがわからないのは、普段から論述の濃淡を意識できていないからである。「問いに答えるために最低限書かなければいけないことは何か」「必要十分な論述となるためには、どこまで書かなければいけないか」など、問いに合わせた適切な論述を展開するためには、法的主張の基本的な構造(要件効果等)の理解がなければならない。その先にこそ、文章の長短だけではなく質を保った「『簡潔』な記述」が成り立つのである。
設問3では,出題の趣旨で示したとおり,事例2における甲の罪責については,⑴甲が,銀行の窓口係員に対し,犯罪被害金であることを秘しつつ,甲名義の預金口座から600万円の払戻しを請求し,同額の払戻しを受けた行為について,1項詐欺罪の成否を論じる必要があったが,犯罪被害金の払戻請求とはいえ,甲が銀行に有効な預金債権を取得していることに着目して,「欺く」行為の有無に関し,設問1における結論との整合性も意識しつつ論じることが求められていた。
→犯罪の成否を検討すべき事実関係は、「具体的な行為と被害に遭った保護法益」を探せば見つけ出せる。上記で言うと甲の払戻行為と銀行が管理している600万円の金銭である。これを見つけた後にするのは、法の適用、今回で言うと、246条1項の適用である。これも甲の行為態様及び被害法益を基準にして導かれる。なお、この前提として246条1項等を含む刑法の基礎的理解が求められる(上記採点方針の通り)。その上で、「欺く」行為といえるか否かという要件を主に検討していく。甲が銀行に有効な預金債権を取得している事情等を考慮するのは、その要件該当性の範囲においてである。これが出来れば、自然と論理性を持った論述が出来るはずである。
⑵甲がCに対する借金返済のため前記600万円の払戻しを受け,これをCに渡して費消した行為については,横領罪の成否を論じる必要があったが,客体をAに交付すべき500万円に限定した上で,いかなる行為を「横領」行為と評価するかに対応させながら,甲名義口座の預金又は払い戻した現金が同罪の客体に該当するかを論じることが求められていた。
→この部分も「要件該当性」に対する繊細な感覚なくして理解できないと思われる。難解に感じる法律論ほど、要件効果に立ち返って検討をする必要がある。ほとんどの問題は、大体それで解決する。しかし、多くの受験生が「要件効果」という基本に立ち返る方法を知らないがために、路頭に迷っているように思われる。
⑶甲がAに対する500万円の返還を免れるため睡眠薬を混入したワインをAに飲ませて眠り込ませ,その影響によりAの心臓疾患を悪化させ,Aを死亡させた行為については,2項強盗殺人罪の成否を論じる必要があったが,早すぎた構成要件実現の処理が問題になっているため,出題の趣旨でも記載したとおり,まずは実行行為をどのように構成するのか,すなわち第1行為(Aに睡眠薬を摂取させる行為)及び第2行為(Aに有毒ガスを吸引させる行為)を一体的に評価した上,これを実行行為として構成するのか,第1行為のみを実行行為として構成するのかを論じ,その上でそれぞれの立場から因果関係の有無や,故意の有無を論じることが求められていた。
→「早すぎる構成要件実現」は、刑法上の超有名論点の1つと言っていいだろう。これをどれだけの受験生が具体的な犯罪成立要件との関係で整理しているか。そこを見られていることを意識してもらいたい。「あ、あの論点だ!」「あの判例の規範を書いて・・・あてはめて・・・」という答案を読んでも、刑法総論の基本的な知識と問題点の理解(上記採点方針より)があると言えるか疑問が残る。「実行行為」「因果関係」「故意」等の構成要件に絡めて説明が出来ないと意味がない。やはり要件効果の形式が大事なのである。
また,強盗罪の実行行為である「暴行」が認められるか否かについて,その意義に遡って具体的に論じることが求められていたが,これを肯定した場合,甲が「財産上不法の利益を得」たといえるかについて,当該文言の意義を正確に示した上で,Aに相続人がいないこと等の具体的事実を摘示して当てはめを行う必要があった。なお,2項強盗殺人罪又は殺人罪の実行の着手を否定した場合,殺人予備罪,強盗予備罪の成否のほか,傷害(致死)罪,(重)過失傷害罪(又は同致死罪)などの成否も問題となり得る以上,それらの論述が必要であった。
→犯罪成立を肯定するためには、犯罪成立要件を漏れなく検討する必要がある。この点を意識するだけで刑法の点数は随分安定するだろう。「論点」に囚われすぎず、基本的な要件の積み重ねを意識してもらいたい。他の科目と同様に。
⑷甲が睡眠薬を混入したワインをAに飲ませた後,A方で発見した腕時計を奪取した行為について,窃盗罪等の財産犯の成否を論じる必要があった。
→意識すべきことは、上記と重複する。
設問3では,⑴ないし⑷の各行為ごとに事案の解決に必要な範囲で法解釈論を展開し,問題文に現れた事実を具体的に指摘しつつ法規範に当てはめることができている答案は高い評価であった。
→「具体的事実関係の分析(犯罪として検討すべき対象の特定)→条文の適用・法解釈論の展開(規範定立・要件定立)→あてはめ→結論」は、すなわち、法的三段論法をしなさいということである。それ以上でも以下でもない。論文攻略への第一歩は、刑法攻略と言ってもいいかもしれない。それくらい、刑法は、法的三段論法等、法律論の「形式」を重んじている。
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