令和2年民事系第一問の採点実感を読んでみた~その2~ 民法でも「条文は命綱」
条文さえ知っていればいい問題は落とさない
今回も司法試験民事系第一問の採点実感を読んでみたシリーズです。
「事前準備として何をしておかなければならないのか」
ここが問題です。
(赤字は筆者)
※その1もぜひご覧ください。
⑵ 設問2について
ア 設問2の全体的な採点実感
設問2において論ずべき事項は,大別して,小問⑴について,隣地通行権の成立とその範囲等,小問⑵について,地役権設定契約によって設定者が債務を負うことはなく,債務を負っていない以上,解除をすることはできないとの発言(Bの発言),仮に設定者が債務を負っていなかったとしても,設定者は地役権設定契約を解除することができるはずであるし,地役権設定契約によって設定者は債務を負うとの発言(Dの発言)に関し,①地役権設定契約の性質をどう捉え,それを踏まえて契約②の内容をどのように分析しているか,②解除の制度趣旨についてどのような理解を基礎としているのか,③これらの発言のどちらの理解が正当であるかである。
→設問2で注力すべきは、圧倒的に小問(1)である。条文にあてはめれば解ける問題であるし、多くの受験生が短答過去問を通じて学んだことがある内容のはずだからである。小問(2)は、多くの受験生が現場思考で対応しなければならなかったであろう。つまり、「ちゃんと書こう」とすると、墓穴を掘る危険な問題である。
小問⑴について,全体としては,残余地である丙土地を目的とする隣地通行権(民法第213条)が成立するとしたものが相対的に多数であったが,①その成立範囲について,同法第211条第1項に基づいてa部分に成立することに言及している答案は多くはなかった。また,個別にみると,②通行地役権との区別がついていない答案や,袋地が譲渡されたときの隣地通行権の帰趨について論じていない答案が散見されたほか,③a部分とc部分のそれぞれについて検討することが設問の趣旨であるにもかかわらず,一方についてのみしか検討していない答案もみられた。(下線及び丸数字は筆者)
→①は、条文を読み切れていない。相隣関係に関する条文はわずかなのであるから、普段から「条文を丁寧に読む」という習慣があった受験生は、現場思考のみでも十分対応できたはずである。②について、「通行地役権との区別がついていない答案」は、事前準備が甘かったと言わざるを得ない。細かな要件まで事前に覚えることは難しいと思う。また、現場で条文を読めばある程度は対応できるから、必ずしもそこまでする必要はない。しかし、各制度の概要・区別程度は、知っておかなければ話にならない。各制度の概要・区別の問題は、「法律の構造的理解(体系的理解)」の問題に他ならない。③は、問題をきちんと読めていない。「問いに答える」のが試験なのであるから、③に該当する答案が評価されないのは当然である。そもそも、注意力が散漫なのか、法知識が不十分であるゆえに問題を丁寧に読む余裕を失ってしまったのか。いずれにしても、圧倒的な「演習不足」が原因と思われる。「法律は法律問題を解決するための道具」であるから、法律を使う前提として、検討すべき法律問題を明確に認識する練習もしっかりしてもらいたい。
小問⑵について,全体としては,①から③までについて十分に論じられた答案は少なく,Dの債務とBの債務を混乱して論じている答案や,問題文で指示した解答の流れから外れた論じ方をする答案も散見された。これに対し,少数ではあるが,関連する条文や各制度の趣旨を手掛かりとして自説を一貫して展開するものもあり,このような答案は非常に高く評価された。
→難しい問題に関して「少数」の優秀な解答が存在することは、採点実感でよく指摘される。こういう点は、多くの凡人受験生にとって、全く関係のない話である。無視して構わない。しっかり勉強したところでどうせ同じ問題は出ないし、どうせ難しい問題は上手く解けないからである。条文から検討すれば解答できるはずの基本的な問題に対してきちんと解答出来ていれば、難しい問題を解答出来なくても全然問題ない。これは、採点方針の中でも示されている通りである。添削指導をしていて思うのは、このような問題を解ける「法律マニア」よりも、条文を使えるだけの「司法試験受験生」の方が「伸びる」気がする。司法試験委員も同じように感じているのであろうか。
個別に見ると,①に関しては,Dが契約②によって債務を負うことを基礎づけるに当たり,債務の内容を的確に論じることのできなかった答案が相対的に多数であり,物権契約,片務契約,双務契約などについて一応触れている答案であっても,それ以上の分析に踏み込んでいる答案は多くなかった。また,例えば,契約②を,地役権設定契約と2万円を支払う特約とからなるとする立場を採用する場合には,Dが,Bによる特約の債務不履行を理由に,契約②を全体として解除できる理由を説明する必要があるが,説明不足のまま解除を肯定する答案が相当数あった。
→「物権契約」「片務契約」「双務契約」等の基本用語を復習することはいいと思う。民法を理解するために汎用性のある知識だからである。しかし、それ以上に踏み込む必要はない。他にすべきことが山ほどあるはずである。
②に関しては,解除制度の趣旨について,債権者を契約の法的拘束力から解放すると述べつつ,「法的拘束力からの解放」とは何かについて,自ら負担する債務からの解放であるか,それに限られないのかについて結論が異なり得るところ,その違いを認識せずに十分に論じることができない答案が散見された。
→解除制度の趣旨について、学んだことがある受験生が圧倒的多数派だと思うが、②の検討を通じて学びの浅さを感じたのではなかろうか。「『法的拘束力からの解放』とは何かについて・・・」の「・・・とは」という点は普段の学習の中で意識してもらいたいポイントである。ここを正確に認識することが、基本的知識を固めるための第一歩である。
③に関しては,前提となる①及び②について十分に論じることができてない答案が相対的に多数であったため,十分に論じられた答案は少なかった。
→上述の通り。
イ 答案の例
(略)
⑶ 設問3について
ア 設問3の全体的な採点実感
設問3において論ずべき事項は,大別すると,①売買契約に基づく売主の登記移転義務の相続,②日常家事に関する法律行為への該当性,③日常家事に関する代理権を基礎とする表見代理との関係,④無権代理に関与した第三者が本人の地位を相続した場合における追認拒絶権の行使の可否等である。
→設問2と比べてはるかに書きやすいと感じた受験生が多いはずである。いわゆる典型論点だからである。どうか設問1、2で力尽きないでもらいたい。例年、最終問題こそ意外と書きやすい典型論点から出題されているように思う。
設問3は,典型的な論点を扱うものであり,全体としては,一定程度の論述がされている答案が多かったが,日常家事に関する法律行為の範囲をどのような基準,要素に基づいて判断するか,民法第110条の趣旨を類推適用する立場に立つ場合にはその根拠をどのように考えるか,表見代理における信頼の対象は何かなどの点について,論述の粗密や適否に差が見られ,これらが評価の分かれ目になっていたといえる。(下線は筆者)
→「典型論点」と聞くと「楽勝問題」と勘違いする受験生が多い。これには注意が必要である。まず、皆それなりにかけてしまう以上、ミスによる失点は相対的に大きくなる。また、「知っている」かのように書けるからこそ、普段の学習に対する「密度」が見えやすい。「論述の粗密や適否に差が見られ」たことは、単なる表面的な点数差ではなく、解答者の根本的な実力差が見られたということだと思う。典型論点が典型論点であるのは、それなりの理由がある。その学習を通じて、視点や考え方等、他の論点にも通ずる知識が得られるのである。「知っている」で終わらせず、今一度注意深く教科書等を読み直してもらいたい。
個別に見ると,①については相対的に多数の答案が触れていたが,相続関係についての論述の有無,粗密には差が見られ,例えば,①「Fが相続放棄した結果としてGが相続人となる」など不正確な論述をするものや,相続の放棄について触れていないものも散見された。これに対し,②Eには子,直系尊属,G以外の兄弟姉妹がなく,妻Fは相続を放棄しているから,Gが単独でEを相続したことが認められることを条文(民法第889条第1項第2号)を示して簡潔に論述しているものは,高く評価された。
→①は、意外と多い答案である。「一定の要件を満たすと一定の法効果が生ずる」というのが法律のルールなのであるが、司法試験を受ける段階になってもこの基本中の基本すら「当たり前」になっていない受験生がいるという現実がある。本当に大事なのは、要件効果の積み重ねを愚直に説明し続けること。論点は、二の次三の次でいい。要件効果の積み重ねを「当たり前」に出来ない者が論点を理解出来るとは思えない。②が「高く評価され」るのである。ここに違和感を感じるのであれば、学習の方針が根本的に間違っている。採点方針は関係ない。法学の基礎基本を学べていないことが問題である。
②については,判例の立場を前提とする答案が比較的多数であったが,日常家事債務の定義,「日常家事」の判断基準とその根拠が曖昧なものが少なくなかった。これに対し,これらの点について丁寧に論じて本問に当てはめているものは高く評価された。
→ここは、解釈問題。答えを覚えるだけでなく、「なぜそのよう定義・判断基準となるのか?」を理解するところまで頑張って学んでほしい。文言や法効果、趣旨など、一つ一つ結び付けていくと、無味乾燥だった法知識にも彩が加えられるはずである。
③については,判例の立場を前提とする答案が多数であり,①この立場における正当な理由の信頼の対象は,当該法律行為が日常家事の範囲に属することであって,相手方に代理権があることではないことを論じているものも多数であったが,②このような答案であっても,その当てはめにおいて,例えば,妻Fが夫の印鑑を有していたことなど,Fが代理権を有するか否かの信頼の有無を判断する際の判断要素をそのまま用いて当てはめを行ってしまっているものが相当数あった。また,③民法第761条は,夫婦が日常家事の連帯債務を負うというものであるところ,同条を根拠として特段の解釈を示すことなく,夫婦相互の「代理権」があるとして論述するものが多かった。なお,判例の立場を採らない答案については,判例の立場に対する的確な批判をした上で自説を展開する必要があるが,そのような論じ方をした答案はあまりなく,大半が低い評価にとどまるものであった。(下線及び丸数字は筆者)
→下線部①については、本問の核となる適用条文が761条であることを意識していれば、「日常家事の範囲か否か」が正当の理由の対象であると理解できるはずである。110条は、「その趣旨」を類推適用したにすぎず、付随的である。下線部②については、規範とあてはめが食い違ってしまう原因を考える必要がある。「条文→規範定立(要件定立)→事実の引用・評価→結論」の過程で問題となる「→」部分への意識が希薄なのではないだろうか。何となく「条文」、何となく「規範」、何となく「事実の引用・評価」、何となく「結論」になっていないか。規範を意識しながら条文を選択し、条文を選択しながら規範を想起する。規範を定立しながら、引用・評価する事実を想起する。引用・評価する事実を探しながら、規範のイメージを固めていく。結論をイメージしながら、全体の流れを整理する。一連の組み立ては、川の流れのようにひとつながりになっていなければならない。行き当たりばったりな論述をしていないだろうか。③について。761条に「代理権」という文言はない。にもかかわらず、教科書には761条から導かれる代理権の話が載っている。この隙間に強烈な違和感を感じてもらいたい。761条について「代理権」を認めることは、一定の「解釈」なくして絶対にありえない。「絶対にありえない」ことを特段の意識もせず論じているのであれば、法律に関する常識(≒法律の基礎基本)が欠けているように思われる。
④については,追認拒絶をすることが許されないという立場に立つ答案が相対的に多数であったが,問題意識を持って丁寧に事情について論述することができている答案は多くはなく,追認拒絶をすることができない結果,売買契約の効力がEの相続人であるGに帰属し,Bの登記請求が認められるとの結論まで論じた答案は少なかった。これに対し,問題文の事情を丁寧に考量している答案は高く評価された。
→信義則(を含む一般原則)を使うのが苦手な受験生は多いです。その適用要件が明示的に定められていないから、また、判例法を上手く使えないからでしょう。条文で定められていない部分(間隙)を埋めるのは、判例法の役割の一つです。「条文からはわからない→判例法で明らかにする→問題解決」という構造を意識出来れば、判例との向き合い方も変わってきませんか。
なお,本問においてFの締結した契約③について表見代理の成立を認めることは難しいと考えられるが(出題の趣旨参照),これを成立するとした答案が散見されたほか,さらに,それを前提とした上で,Eを相続したGがBの請求を拒むことが信義則に反するかについて卒然と論じるという一貫性のない答案が見られた(これを論じるのであれば,「仮に契約③が無効であるとしても」といった限定を付けることが最低限必要である。)。
→「なぜその点を論ずるのか?」が意識できていなかったのではなかろうか。表見代理が認められない(=法効果が生じない(契約③が無効))から、追認の問題が生じるはずである。論理的に一貫した答案を書くことが求められるが、それは、そもそも要件効果を丁寧に積み重ねる習慣があれば、自然とできるはずである。
イ 答案の例
(略)
(続きは後日)
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