令和2年刑事系第二問の採点実感を読んでみた~その4~ 間違いの原因
間違える原因はいつもその一歩前にある
法律学習でやりがちな間違いは、間違えた原因を認識しないまま学習を積み重ねてしまうことにあります。
「規範をおぼえていなかった」「あてはめでミスした」原因は、思っている以上に基礎的な部分に問題があることが多いです。
一事が万事です。
一つのミスの原因を正確に認識することは、飛躍へのきっかけになります。
(赤い字は筆者)
〔設問1〕においては,任意同行後の被疑者の任意取調べの適法性が問われているのであるから,刑事訴訟法第198条に基づく任意捜査の一環としての被疑者の取調べがいかなる限度で許されるのかについて,その法的判断の枠組みを示す必要がある。多くの答案は,昭和59年判例の,第一に,「強制手段によることができ」ず,第二に,強制手段を用いない場合でも,「事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度等諸般の事情を勘案して,社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において,許容される」という二段階の判断枠組みを意識しつつ,事例に現れた具体的事情を拾い上げて上記判断枠組みに従い相応に当てはめて結論を導いていた。
→添削していて思うのは、いわゆる「書けている答案」でも、書けているから終わりではもったいないということである。「書けている答案」でも異なる事実評価や異なる視点からの論述の可能性等を探ることによって、更に論述の幅があることを知ることが出来る。将棋で言う「感想戦」みたいなものだろうか。「合格答案と同じように書けた」だけで満足してしまうのは、もったいない。もう一歩踏み込んで深く検討する姿勢が真の実力につながると思う。
しかしながら,本件取調べが実定法上のいかなる規定との関係で問題になるのかをおよそ意識していない答案が散見されたほか,昭和59年判例の判断枠組みに全く言及することなく,問題文の事情を漫然と羅列して結論を出している答案や,最決昭和51年3月16日刑集30巻2号187頁(以下「昭和51年判例」という。)が判示する,「必要性,緊急性なども考慮したうえ,具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される」との判断基準を何の説明もなく用いる答案が少なからず見受けられた。立場によっては,昭和51年判例の示す判断基準を用いるとの判断もあり得るであろうが,昭和59年判例は,任意同行後の被疑者に対する任意取調べの限界に関する事案であるのに対し,昭和51年判例は,警察官が,任意同行した被疑者に対して呼気検査に応じるよう説得していた際に,退室しようとした被疑者の左手首をつかんで引き止める,という有形力の行使が問題となった事案であって,判例の判断基準を用いるに当たっては,それぞれの判例において判断の前提となっている事案が異なることや,当該判断基準を任意取調べの場面において適用することの理論的根拠をも意識する必要がある。
→実定法上のいかなる規定との関係で問題になるのかおよそ意識していない答案は、論外である。条文から考えるのは、法学の基本中の基本だからである。また、昭和59年判例と昭和51年判例との相互関係は、条文におけるそれと同様に考えられる。例えば、逮捕について199条と212条を区別することなく適用しようとするだろうか。しないはずである。それぞれその適用対象を異にするからである。判例も同様に考えるべきである。「判例は、具体的事実関係との関連を踏まえて学ばなければならない」などと言われるが、それは、条文と同じように考えなければならないということである。「判例『法』」であることを意識すべきである。
また,下線部①の取調べが強制処分に当たるのかを検討するに当たり,「相手方の明示又は黙示の意思(ないし合理的に推認される意思)に反して」「重要な権利・利益を実質的に制約する処分」かどうかという有力な学説の示す定義を用いて検討しながら,甲が取調べに応じる旨明示的に述べており,取調べを拒否する申出をしていないので甲の意思に反しないと安易に結論付け,甲の黙示の意思(ないし合理的に推認される意思)に全く言及しない答案や,長時間にわたり徹夜で,更に偽計をも用いて行われた本件取調べが甲のいかなる権利・利益を制約するのか(あるいはしないのか)についての検討が不十分な答案が少なからず見受けられた。
→検討が不十分であった点について「自覚的」であったか「無自覚的」であったかが問題である。言うまでもなく、刑訴法は、書かなければいけない分量が多い。意図的に不十分な論述にとどめ、他の論点に紙幅を割くことも戦略である。
さらに,強制処分該当性の検討に際して,下線部①の取調べが「実質逮捕」に当たるかと問題提起し,実質逮捕に当たり刑事訴訟法第199条や令状主義に違反することのみを指摘して違法と結論付ける答案が相当数見受けられたが,任意同行が実質的な逮捕であるとすると,そのことと刑事訴訟法第197条や取調べに対する規律である同法第198条との関係,すなわち,実質逮捕と取調べの適否との関連に言及せず,本件の取調べのために用いられた具体的な方法に対する問題意識を欠いている答案が多く見られた。
→「下線部①の取調べの適法性」について答えなければならない。設問でその点を問われているからである。知識がなかったというより、そもそも問いに答えるという意識が低いのではないか。
本件取調べが社会通念上相当と認められるかを判断する場面については,検討に際して,長時間の取調べの適法性,徹夜の取調べの適法性,偽計を用いた取調べの適法性というように,事例に現れた事情を分断した上で,その事情ごとに個別に検討を加えるだけで,総合的な分析・考慮のできていない答案が少なからず見受けられたが,本問では,通常は人が就寝している時間帯を含む約24時間という長時間にわたる取調べが徹夜で行われ,その中で疲労して言葉数が少なくなっていた甲に偽計が用いられているのであるから,そうした具体的事情があいまって生じた状態について多角的・総合的に分析・考慮する視点が必要であろう。また,昭和59年判例が判示した取調べの適法性に関する,「事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度等諸般の事情を勘案して,社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において,許容される」との基準やそこで考慮すべき要素を基礎付ける理論的な説明については,学説上,いわゆる比較衡量説や行為規範説などの見解が示されているが,この点について意識的かつ正確に論じている答案は少数であり,比較衡量説に立っていると思われるのに,取調べの必要性と比較衡量される甲の権利・利益等への言及が不十分・不正確な答案,両説の発想が不正確に混在している答案などが見られた。
→何が問われているのか、問いに対する判断基準はどうしたのか、を意識していない論述が上記のような答案だと思う。「下線部①の取調べの適法性」を問われているのになぜ論点的に事例を分断するのか。比較衡量をすると規範を立てたのであれば、それにそって論述を進めなければならない。「問いの把握」「規範の定立」「あてはめ」等を何となくやってしまっている答案が目立つ気がする。それは、知識の問題ではなく、意識の問題が大きいと思う。法的三段論法を丁寧に組み立てるところから始める必要があるし、それは、試験が終わるまで続けなければならない。
なお,本問では,立場によっては,下線部①の取調べが強制処分に当たり違法であるとする答案もあり得るところであり,その場合には任意取調べとして社会通念上相当と認められるかについては具体的事実を検討することなく結論に至ることになるであろうが,そのような立場による場合であっても,任意同行後の被疑者の任意取調べの限界に関して判断したリーディングケースとして昭和59年判例や平成元年判例があるのであるから,その法的判断の枠組みを十分意識しつつ論じなければならない。
→判例は判例だから大事なのではなく、法的検討に不可欠な存在だから大事なのである。
〔設問2〕では,自白に対する「自白法則及び違法収集証拠排除法則の適用の在り方」が問われているのであるから,自白法則の根拠及び証拠能力の判断基準と,証拠物に対する違法収集証拠排除法則の根拠及び証拠能力の判断基準を併記しただけでは不十分であり,両法則の自白への適用関係について,自説の立場を論じなければならないが,この点に関する問題の所在や理論状況を的確に理解して論じられている答案は少数であった。
→「的確に理解して論じ」ることは難しいかもしれない。しかし、「両法則の自白への適用関係について、自説の立場を論じなければならない」ことは、設問からわかったはずであるから、それに対する何らかの言及は必要であった。「間違いは禁物」だが、最低限問いには答えなければならない。
自白法則については,虚偽排除説,人権擁護説,違法排除説など,自説の根拠及び証拠能力の判断基準について相応に論じることができている答案が大半であったものの,違法収集証拠排除法則の自白への適用の在り方を示すことができている答案は多くなく,そもそも,両法則の自白に対する適用関係に関する問題意識を欠いている答案が少なからず見受けられた。すなわち,〔設問2-1〕では,自白法則と違法収集証拠排除法則の内容を漫然と並列的に述べるにとどまっているため,その記述から,後者が自白に適用されるのか否か自体が判然とせず,〔設問2-2〕では,事例に現れた事情を羅列してそれぞれの法則を脈絡なく当てはめているにとどまる答案が少なくなかった。また,自白とそれを録取した供述調書(自白調書)の関係についての理解を根本的に誤り,甲の自白については違法収集証拠排除法則を適用して証拠能力を否定し,自白調書についてはその派生証拠として証拠能力を否定するという,誤解に基づく答案が散見された。
→本問は、設問から解答すべき内容を把握できたか否かで差がついたように思う。その差を生んだのは、知識の差ではなく意識の差ではないか。「両法則の自白に対する適用関係に関する問題意識」は、知っていないと書けないという話ではないはずである。なぜなら、設問でそこを問われているからである。甲の自白を巡る具体的事実関係について自白法則と違法収集証拠排除法則をどう適用するかは、条文の使い方に対する理解と重なる問題である。
〔設問2-2〕では,下線部①の取調べにより得られた甲の自白の証拠能力について,〔設問2-1〕で述べた判断基準を具体的事情に当てはめて結論を出すことが求められているが,〔設問1〕と〔設問2〕における説明ないし論述の整合性が考慮されていない答案が少なからず見られた。すなわち,〔設問1〕では,取調べが適法だと結論付けておきながら,〔設問2-2〕では,取調べに重大な違法があるので甲の自白に証拠能力がないとする答案や,〔設問1〕では,取調べで偽計を用いることは刑事訴訟法上何ら制限されておらず問題がないと述べたのに,〔設問2-2〕では,本問の偽計が,虚偽の自白を誘発し,あるいは甲の黙秘権等重要な権利を侵害するので甲の自白に証拠能力がないとする答案,〔設問1〕では,約24時間の徹夜にわたる取調べが甲の移動の自由や黙秘権等の侵害に当たり違法だと述べたのに,〔設問2-2〕では,違法収集証拠排除法則を適用した上で,偽計を用いた点にしか言及しない答案など,〔設問1〕と〔設問2〕の関係についてどのように考えたのかが判然としない答案がこれに当たる。また,〔設問2-2〕で自白に対しても違法収集証拠排除法則を適用し,その証拠能力を判断するに当たり,「令状主義の精神を没却するような重大な違法」の有無を基準の一つとする答案が少なからず見られたが,取調べが違法とされる根拠を,偽計を用いたことに求めるのならば,違法の程度は,偽計が違法である理由と関連付けて評価される必要があり,昭和53年判例の表現を漫然と用いるだけでは説明が足りないと言わざるを得ないであろう。
→論理的に一貫した答案を書くことは、意外と難しい。普段から意識しておかないと出来るようになるものではないからであるし、知識があるだけでは実現できないことだからである。残念ながら特効薬はないが、そのような事柄だからこそ、司法試験で問われたのではないかと思う。司法試験は、あなたに地道な努力を求めている。
本事例で用いられたのは,本件住居侵入窃盗事件の当日の夜に甲が自宅から外出するのを見た人がいる旨の偽計であり,犯行自体の目撃に関するものではないが,その違いに的確に留意しつつ,長時間にわたり一睡もさせずに徹夜で取調べが行われ,言葉数が少なくなって疲労していた甲に対し,本問のような偽計を用いれば,たとえそれが犯行自体の目撃に関するものではなかったとしても,判断能力が低下して自白するしかないとの心理状態に陥りかねないことなどに言及し,甲の心理に与えた影響を考慮することができている答案が少数ながら見られた。
→当該偽計が「甲が自宅から外出する」旨の内容に過ぎなかったことを正確に認識できていた受験生はどれだけいただろうか。一事が万事である。ほんの少し慎重になれば気付ける部分にちゃんと気付けることが安定して合格答案を書けるようになるための礎である。
これに対して,このような偽計の内容・程度に全く言及することなく,偽計が用いられた点を漫然と指摘して甲の自白の証拠能力を否定する答案や,反対に,偽計が用いられる前に,長時間にわたり,徹夜で取調べが行われているという本事例の事情を度外視し,犯行自体の目撃に関する偽計ではないとの理由のみで甲の自白の証拠能力を肯定する答案など,事例に現れた具体的事情を多角的・総合的に考慮することができていない答案が少なくなかった。偽計を用いて得られた自白の証拠能力に関して判断した,最大判昭和45年11月25日刑集24巻12号1670頁は,「偽計によって被疑者が心理的強制を受け,その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合」には,その「自白はその任意性に疑いがあるものとして,証拠能力を否定すべき」だと判示しており,その判断においても,偽計が用いられれば直ちに自白の任意性に疑いがあるとされているわけではない。検討に当たっては,当該事案において,いかなる偽計が用いられ,それが捜査官の他の発言や被疑者の置かれた状況等ともあいまって,被疑者の心理に果たして,またいかなる影響を与えたか,具体的に考慮することが必要であろう。
→「事例に現れた具体的事情を多角的・総合的に考慮することができていない答案」になってしまうのはどうしてであろうか。これは、つまり、「あてはめが甘い答案だった」ということである。あてはめが上手くいかなかったと聞くと、多くの受験生が「演習不足」を気にするが、そもそも、法知識の不足が原因だったのではないか。あてはめは、規範に対する理解がないと充実しない。だから、あてはめを充実させるためには、あてはめの練習とともに、規範への理解を深めるインプットにも努めなければならない。
※間違いを間違いで終わらせないABprojectの個別指導です。
令和2年刑事系第二問の採点実感を読んでみた~その3~ 教祖を探していないか?
教祖は困ったとき助けてくれませんよ。
どの分野においても「教祖」的な存在がいるように思います。
司法試験・予備試験界にも少なからずいるでしょう。
「答え」を与えてくれる人は、ありがたい存在なのでしょうか。
「自分を伸ばしてくれる人」が必要ではないですか?
(赤い字は筆者)
※その1、その2もご覧ください。
まず,〔設問1〕については,任意同行後の被疑者に対する任意取調べの適法性について判断した最決昭和59年2月29日刑集38巻3号479頁(以下「昭和59年判例」という。),最決平成元年7月4日刑集43巻7号581頁(以下「平成元年判例」という。)など,法科大学院の授業でも取り扱われる基本的な判例を正確に理解し,その判断枠組みを意識しつつ,事例中から抽出した具体的事実を分析・検討して論じれば,説得的な論述が可能だと思われる。
→「条文で不明な部分を判例で補う」という判例法の基本的な機能を意識しながら、上記判例を学んでほしい。くれぐれも「判例だから覚えよう!!」というような条文とのつながりを意識しない学習はしないように。それでは、使える知識として整理できないからである。
〔設問2〕の,自白に対する違法収集証拠排除法則の適用の在り方については,この問題に対する判断を示した下級審の裁判例はあるものの,最高裁判所の判例はなく,受験生にとって必ずしも十分な勉強が及んでいない論点だったかもしれない。しかし,自白法則及び違法収集証拠排除法則はいずれも証拠法における基本原則であり,両法則に関する正しい知識や理解があれば,自白と証拠物との異同や両法則の根拠・証拠能力の判断基準等に遡って考えることにより十分解答が可能であろう。また,〔設問2-2〕において,甲の自白に違法収集証拠排除法則を適用する際には,〔設問1〕における,下線部①の取調べの適法性に関する論述内容との整合性に留意しながら論じる必要がある。
→「『基本原則』くらいは知っておくべきだ」と言われても仕方がない。司法試験を受ける段階になってこれを知らなかったのであれば、もう合格は諦めた方がいい。そして、「自白と証拠物との異同や両法則の根拠・証拠能力の判断基準等に遡って考えることにより十分解答が可能であろう」とのことである。既知の知識をどう使うか、考えるためにはどうすればいいか、は意識して学習しないと身につかない。また、多くの人にとっては、知らないと出来ないことでもあろう。試験委員的には「普通に勉強していればできるでしょ?」という感覚かもしれないが、現実はそうでもないようである。
〔設問3〕については,類似事実による犯人性の証明に関して判断した最判平成24年9月7日刑集66巻9号907頁(以下「平成24年判例」という。),最決平成25年2月20日刑集67巻2号1頁(以下「平成25年判例」という。)といった基本的な判例がある。ただし,本問は,これらの判例の事案とは異なり,未だ起訴されていない余罪を類似事実として犯人性の証明に用いようとした事案であり,その意味で,判例に関する理解の具体的事案への応用力を試す側面を有するものである。両判例が示している判断基準だけでなく,その理論的根拠を正確に理解していれば,X方における事件という類似事実が,本件住居侵入窃盗事件についての犯人性の証明に用いられる場合の推認過程を意識して分析・検討し,説得的に論述することが可能であろう。
→「ある条文をこの事例に適用できるか?」という問題は、多くの受験生が得意とすることのようである。一方、「ある判例をこの事例に適用できるか?」という問題は、多くの受験生が不得意とすることのようである。その原因としては「判例自体知らない」ということだけでなく、「判例とは何なのかを知らない」ということもあると思う。「判例とは何なのかを知らない」がために、記憶が整理されず、理解が進まないのではないかと思う。あくまで私自身の経験上の話である。
2 採点実感
各考査委員の意見を踏まえた感想を記す。
⑴ おおむね出題の意図に沿った論述をしていると評価できる答案としては,次のようなものがあ
った。
まず,〔設問1〕では,被疑者に対する任意取調べの限界に関して昭和59年判例の示した,「強制手段によることができ」ず,任意捜査としても,「事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度等諸般の事情を勘案して,社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において,許容される」という二段階の判断枠組みについての正確な理解を示し,自説の立場から強制処分の意義や任意取調べの適法性に関する判断基準を正確に提示した上で,下線部①の取調べによって制約される権利・利益の内容を意識しながら,事例から必要な具体的事実を抽出し,強制処分の意義に照らして本件取調べが強制処分に当たるのかを検討し,これに当たらないとした場合に,本件取調べが社会通念上相当と認められる方法,態様及び限度で行われたと評価できるのかについて,判例の示す,「事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度等」の判断要素に照らして事例に現れた具体的事情を的確に拾い上げながら論じ,説得的に結論を導き出している答案が見受けられた。
→昭和59年判例の知識等を基に法的三段論法の形で適切に論述を展開できたか。比較的簡単な問題だと思われるが、それは、「手を抜いてもいい問題」ということではない。むしろ、ここで得点しないと合格答案を作成することは厳しいものとなるし、ここで十分に得点できない者が、残りの設問で挽回できる実力を有するとは考え難い。
〔設問2-1〕では,自白法則について自説の根拠及び証拠能力の判断基準を述べるとともに,違法収集証拠排除法則については証拠物に関する最判昭和53年9月7日刑集32巻6号1672頁(以下「昭和53年判例」という。)に関する正確な理解を踏まえて,自白に対する同法則の適用の有無及びその根拠を示し,適用されるとした場合には証拠能力の判断基準及びその根拠を含めて自説の立場を論じ,両法則の適用関係を明らかにした上で,〔設問2-2〕では,〔設問2-1〕で論じた自説の立場から,〔設問1〕における下線部①の取調べの適法性についての論述内容との整合性に配慮しつつ,事例に現れた具体的事情を的確に拾い上げ,各自の理解に即して,適用されるべき法則を適切に当てはめて結論を述べている答案が見受けられた。
→ポイントは上記の通り。
〔設問3〕では,平成24年判例及び平成25年判例に関する正確な理解を示しつつ,類似事実による犯人性の証明が許容されないとされる場合の根拠や,許容されるとすればその根拠及び判断基準を述べた上で,事例に現れた具体的事情を的確に拾い上げて当てはめ,Wの証人尋問請求の可否の結論を説得的に導いている答案が見受けられた。そのような答案の中には,上記判例の示す判断基準を満たすことによって,余人による犯行の可能性が著しく下がるために,実証的根拠の乏しい人格評価を介することなく経験則により犯人の同一性を推認できることから,類似事実による犯人性の証明が許されると指摘した上で,その基準を事例に対し適切に当てはめているものが一定数あった。
→本問がWの証人尋問請求の可否の問題だということを意識して結論まで導いた受験生はどの程度いたのだろうか。主に論ずべき点は「類似事実による犯人性の証明の可否とその判断基準」であるが、それでも、設問で何を問われているのか?という点は、常に意識していなければならない。試験本番で合格答案を作り上げるためだけではない。論理的思考力の養成に不可欠だからである。何となく問題を把握し、何となく論点に言及し、何となく答えを出していないか。問いを正確に把握し、それに答えるために必要十分な論述をしようと努めてほしい。
⑵他方,そもそも,法原則・法概念の意義や関連する判例の判断基準等についての記述が不十分・不正確で,当該項目についての理解が不足していると見ざるを得ない答案や,法原則・法概念の意義や関連する判例の判断基準等として記述された内容自体には問題がないものの,これらを機械的に暗記して記述するのみで,なぜ法原則・法概念がそのような意義を持つものとされ,また,判例においてそのような判断基準が採用されているのかを,当該法原則・法概念の趣旨や当該判例の理論的根拠に遡って論述することができていない答案,具体的事実に対してそれらの法原則・法概念や判断基準等を的確に適用することができていない答案,具体的事実に対する洞察が表面的で,その抽出が不十分であったり,その事実の持つ意味の分析が不十分・不適切であったりする答案が見受けられた。
→この部分は、受験生の知識不足・理解不足を指摘するものである。しかし、推測するに、これは、刑訴法分野だけの問題ではない。十分な学習時間がなく刑訴法分野の学習が未了の者を除けば、このような状態に陥ってしまう受験生には、法学習全体に関わる問題があると思われる。見るべきものや考えるべきものをきちんと認識しないまま何となく学習しているのではないだろうか。同じ教科書を使っていても、身につくものは、各々違うものとなりがちである。意識や認識の違いがあるからである。せっかく努力するなら身につく努力をしてもらいたい。それは、ほんの少しのきっかけと心がけから始まるものである。
※ABprojectは、宗教ではありません。
令和2年刑事系第二問の採点実感を読んでみた~その2~ 知らないと気付けないこともある
「あーなるほど!」と思っても、実力が伸びていないことありませんか?
同じ文章を読んでも「伸び率」は人それぞれです。
その違いは、根本的な視点や考え方にあると思います。
早めに気付いたものがちですね。
(赤字は筆者)
※その1もご覧下さい。
まず,〔設問1〕については,任意同行後の被疑者に対する任意取調べの適法性について判断した最決昭和59年2月29日刑集38巻3号479頁(以下「昭和59年判例」という。),最決平成元年7月4日刑集43巻7号581頁(以下「平成元年判例」という。)など,法科大学院の授業でも取り扱われる基本的な判例を正確に理解し,その判断枠組みを意識しつつ,事例中から抽出した具体的事実を分析・検討して論じれば,説得的な論述が可能だと思われる。
→「条文で不明な部分を判例で補う」という判例法の基本的な機能を意識しながら、上記判例を学んでほしい。くれぐれも「判例だから覚えよう!!」というような条文とのつながりを意識しない学習はしないように。それでは、使える知識として整理できないからである。
〔設問2〕の,自白に対する違法収集証拠排除法則の適用の在り方については,この問題に対する判断を示した下級審の裁判例はあるものの,最高裁判所の判例はなく,受験生にとって必ずしも十分な勉強が及んでいない論点だったかもしれない。しかし,自白法則及び違法収集証拠排除法則はいずれも証拠法における基本原則であり,両法則に関する正しい知識や理解があれば,自白と証拠物との異同や両法則の根拠・証拠能力の判断基準等に遡って考えることにより十分解答が可能であろう。また,〔設問2-2〕において,甲の自白に違法収集証拠排除法則を適用する際には,〔設問1〕における,下線部①の取調べの適法性に関する論述内容との整合性に留意しながら論じる必要がある。
→「『基本原則』くらいは知っておくべきだ」と言われても仕方がない。司法試験を受ける段階になってこれを知らなかったのであれば、もう合格は諦めた方がいい。そして、「自白と証拠物との異同や両法則の根拠・証拠能力の判断基準等に遡って考えることにより十分解答が可能であろう」とのことである。既知の知識をどう使うか、考えるためにはどうすればいいか、は意識して学習しないと身につかない。また、多くの人にとっては、知らないと出来ないことでもあろう。試験委員的には「普通に勉強していればできるでしょ?」という感覚かもしれないが、現実はそうでもないようである。
〔設問3〕については,類似事実による犯人性の証明に関して判断した最判平成24年9月7日刑集66巻9号907頁(以下「平成24年判例」という。),最決平成25年2月20日刑集67巻2号1頁(以下「平成25年判例」という。)といった基本的な判例がある。ただし,本問は,これらの判例の事案とは異なり,未だ起訴されていない余罪を類似事実として犯人性の証明に用いようとした事案であり,その意味で,判例に関する理解の具体的事案への応用力を試す側面を有するものである。両判例が示している判断基準だけでなく,その理論的根拠を正確に理解していれば,X方における事件という類似事実が,本件住居侵入窃盗事件についての犯人性の証明に用いられる場合の推認過程を意識して分析・検討し,説得的に論述することが可能であろう。
→「ある条文をこの事例に適用できるか?」という問題は、多くの受験生が得意とすることのようである。一方、「ある判例をこの事例に適用できるか?」という問題は、多くの受験生が不得意とすることのようである。その原因としては「判例自体知らない」ということだけでなく、「判例とは何なのかを知らない」ということもあると思う。「判例とは何なのかを知らない」がために、記憶が整理されず、理解が進まないのではないかと思う。あくまで私自身の経験上の話である。
(続きはあした)
※「気付き」を大事にする添削指導。ABprojectです。
令和2年刑事系第ニ問の採点実感を読んでみた~その1~ 意外とムズイ刑訴法
求められているのは「当たり前のこと」だけですが・・・
本日から令和2年刑事系第二問の採点実感に入ります。
残り数回ですが、よろしくお願いします。
(赤字は筆者)
令和2年司法試験の採点実感(刑事系科目第2問)
1 採点方針等
本年の問題も,昨年までと同様,比較的長文の事例を設定し,その捜査及び公判の過程に現れた刑事手続上の問題点について,①問題の所在を的確に把握し,その法的解決に重要な具体的事実を抽出して分析した上,②これに的確な法解釈を経て導かれた法準則を適用して一定の結論を導き出すとともに,③その過程を筋道立てて説得的に論述することが求められている。これを通じて,法律実務家になるために必要な刑事訴訟法に関する基本的学識,事案分析能力,法解釈・適用能力,論理的思考力,論述能力等を試すものである。出題の趣旨は,既に公表したとおりである。(下線及び丸数字は筆者)
→①は刑訴法の基本的知識(条文や各制度の概要等)に基づいて具体的事実関係を法的に整理し、検討すべき事項を明確にすること、②は法の解釈適用、あてはめ、結論を導くこと、③は①②の過程を文章で正確にわかりやすく説明することを求めていると解される。他の科目と同様に基本的な法的思考をすることを求めるものにすぎず、何ら特別なものではない。日頃の学習から「言われなくてもやっている」という状態でなければならない。
〔設問1〕は,H市内で夜間に発生したV方における住居侵入窃盗事件(本件住居侵入窃盗事件)に関し,司法警察員P及びQが,その2日前の夜間に同市内で発生した,手口が類似するX方における住居侵入未遂事件(X方における事件)で目撃された甲をH警察署まで任意同行した上,約24時間という長時間にわたり,一睡もさせずに徹夜で取調べを行い,それまでの取調べにより疲労して言葉数が少なくなっていた甲に,更に偽計をも用いて取調べを実施していることから(下線部①の取調べ),それが,被疑者に対する任意取調べとして許容される限界を越え,違法と評価されないかを問うものである。
→この部分は、何気なく読んでしまっている人が多いかもしれないが、上記採点方針の①のお手本を示してくれている。事実関係を丁寧に示し、検討すべき事項を端的に指摘できている。ここに適切に条文を絡めれば、完璧である。
検討に当たっては,刑事訴訟法第198条に基づく任意捜査の一環としての被疑者の取調べの適法性に関する法的判断枠組みを的確に示した上で,事例に現れた具体的事実がその判断枠組みの適用上どのような意味を持つのかを意識しながら,下線部①の取調べの適法性を論じることが求められる。
→「本問が198条に関する問題だと気付く→下線部①の取調べの適法性を判断する基準が198条から明らかでないことに気付く→判例『法』を参考にしながら、適法性判断基準を示す→事例に表れた具体的事実がその判断基準の適用上どのような意味を持つのか評価しながらあてはめる」という検討過程を辿っていけばいいわけである。「事実の評価」が大事なのは、それがないと生の事実が要件に該当しているのか否か基本的にわからないからである。事実の評価の軽視は、法的思考の軽視であるし、読み手に自分の考えを伝えようとする努力の軽視である。
〔設問2〕は,甲の自白が,前記のとおり,長時間にわたり,徹夜で行われた取調べにおいて,偽計をも用いて獲得されているところ,まず,〔設問2-1〕において,自白法則及び違法収集証拠排除法則の自白への適用の在り方を一般的に問うた上,次いで,〔設問2-2〕において,〔設問2-1〕で論じた自己の見解に基づいて甲の前記自白の証拠能力が認められるかを問うものである。
→本設問は、非常に親切である。設問2-1と設問2-2は、甲の自白の証拠能力を検討する際、それぞれ自ら気付いて検討すべき事項とも言えるが、それをわざわざ検討するよう教えてくれているからである。なお、これは、法原理相互の関係性(条文相互の関連性の問題と同様)の問題であるから、単なる一論点の知識を問うものではなく、常に持つべき法的視点を意識できているかを問うものである。
具体的には,自白法則及び違法収集証拠排除法則という証拠法における基本原則が,自白という供述証拠にどのように適用されるのか(後者については適用の有無自体も含む。)について,自説の立場から両法則の適用関係を示した上で,各自の理解に即して,甲の自白の証拠能力の有無を判断するのに必要な証拠法則を,事例に現れた具体的事実に当てはめて,結論を導くことが求められる。
→この部分について、事前に知識を持っていた受験生は少ないと思われるが、この問題に対してそれなりの理由を付して答えられなかったとすると、刑訴法の基本的理解が不十分と言われても仕方がない。あとで教わって「言われたらわかる」と思った受験生も同様である。自白法則や違法収集証拠排除法則は、誰もが知ってはいるはずであるし、これらの関係性の整理は、基本的な法的思考ができる者なら現場思考で対応できたはずである。
〔設問3〕は,検察官が,本件住居侵入窃盗事件と手口の類似する,未だ起訴されていないX方における事件を目撃したWの証人尋問により,本件住居侵入窃盗事件についての甲の犯人性を証明しようとしている場合において,いわゆる類似事実による犯人性の証明が許されるのかを問うものである。こうした証明が許されないとすればその理論的根拠はどこにあるのか,許される場合があるとすればその判断基準及び根拠は何かを論じ,それを踏まえて,事例に現れた具体的事実を適切に摘示し,評価しながら,裁判所が検察官によるWの証人尋問請求を認めるべきか否かの結論を導くことが求められる。
→本問は、先の2つの設問に比し、難易度が高いと思われる。条文に手掛かりがないこと及び既知の法知識があってもそれを工夫して使わなければならないからである。これも論点として押さえておくべきというよりは、法的思考のポイントやその手法を学ぶ契機とすべき問題だと思う。
採点に当たっては,このような出題の趣旨に沿った論述が的確になされているかに留意した。前記各設問は,いずれも,捜査及び公判に関して刑事訴訟法が定める制度・手続及び関連する判例の基本的な理解に関わるものであり,法科大学院において刑事手続に関する科目を履修した者であれば,本事例において何を論じるべきかはおのずと把握できるはずである。
→出題者的には「何を論じるべきか」を外すような答案は、法科大学院において刑事手続に関する科目を履修した者とすらみなさないようである。特に恐れることはない。その通りだからである。
(続きは明日)
※難しい科目ほど基礎基本が大事。ABprojectです。
令和2年刑事系第一問の採点実感を読んでみた~その4~ 例年指摘している・・・
例年指摘していることが出来ない人は合格する気がないのか、と思う。
こんな風に思うのは、初歩的なミス過ぎるからである。
こんなミスをする人が実務家になることを考えただけで恐ろしい。
(赤字は筆者)
※その1、その2、その3もご覧ください。
⑶ その他
例年指摘している点でもあるが,用語の間違い(全体財産と個別財産等)がある答案や,文字が乱雑で判読しづらい答案,基本的用語の漢字に誤記がある答案が散見された。また,文章の補足・訂正に当たって,極めて細かい文字で挿入がなされる答案も相当数あった。時間的に余裕がないことは承知しているところであるが,採点者に読まれるものであることを意識して,大きめで読みやすい丁寧な文字で書くことが望まれる。
→用語の間違いは、基本的理解の不足。誤記は、注意力不足。文字が乱雑なのは(自分自身もそうだったので強くは言えないが)、大き目な文字・文字間の間隔を空けることに注意してもらいたい。
⑷ 答案の水準
(略)
4 法科大学院教育に求めるもの
刑法の学習においては,刑法の基本概念の理解を前提に,論点の所在を把握するとともに,各論点の位置付けや相互の関連性を十分に整理し,犯罪論の体系的処理の手法を身に付けることが重要である。
→「論点の所在の把握、各論点の位置付けや相互の関連性を十分に整理」出来るのは、犯罪論の体系的処理の手法を身につけているからである。闇雲な論点の暗記ではなく、初期段階で学ぶ刑法的思考の体系を意識して、一つ一つ「要件あてはめ」を積み重ねていく意識が大切である。
①一般的に重要と考えられる論点を学習するに当たっては,一つの見解のみならず,他の主要な見解についても,その根拠や難点等に踏み込んで理解することが要請される。論点をそのように多面的に考察することなどを通じて,当該論点の理解を一層深めることが望まれる。また,②刑法各論の分野においても,各罪を独立して学習するだけではなく,例えば,財産犯であれば,財産犯全体に共通する総論的,横断的事項を意識し,また,犯罪類型ごとの区別の基準を重視した学習が望まれる。(丸数字は筆者)
→①は、近年重視されている傾向である。各学説が何を言っているかも重要であるが、それ以上に、どのような視点で何を重視しているかを整理することが大切であると思う。それを学ぶことで「法的に考える力」が磨かれるからである。添削指導をしていると、受験生間に大きな知識量の差はないように思う。しかし、目の付け所や思考展開の上手さには、明確な差が感じられる。それも一種の知識によるものかもしれないが、「暗記の努力」ではなく、「学び方の工夫」を重視しないと、なかなか身につかないように思う。②は、条文相互の関連性に目を向けろと言うことであろう。刑法に限らず、どの法律においても重要な視点である。
さらに,これまでにも繰り返し指摘しているところであるが,判例を学習する際には,結論のみならず,当該判例の前提となっている具体的事実を意識し,結論に至るまでの理論構成を理解した上で,その判例が述べる規範の体系上の位置付けや,それが妥当する範囲や理論構成上の課題について検討し理解することが必要である。
→このような点が大事なのは、判例も「法」だからである。法は、その道具としての性質から、具体的な事実関係との間でのみその機能を発揮する。ゆえに、具体的事実関係との関連を踏まえ、どのように使うのかを意識しないと、法が道具として如何に機能するのか、その本質を理解することが出来ないのである。面倒くさいかもしれないが、理解が進んでこれば、「全てを読まなくても大体予測がつく」という状態になる。理解が深まっていくとは、こういう状態である。ちなみに、これは、上記の「感覚」にまつわる話である。
例年,取り上げるべき論点の把握が不十分なまま,論証パターンを無自覚に記述するため,取り上げなくてよい点についてまで長々と論じる答案が目に付く。事案の全体像を俯瞰して,事案に応じて必要な点について過不足なく論じるための法的思考能力を身に付けることが肝要である。このような観点から,法科大学院教育においては,まずは刑法の基本的知識及び体系的理解の修得に力点を置いた上,刑法上の諸論点に関する問題意識(なぜ問題となるのか)を喚起しつつ,その理解を深めさせ,さらに,判例の学習等を通じ具体的事案の検討を行うなどして,正解思考に陥らずに幅広く妥当な結論やそれを支える理論構成を導き出す能力を涵養するよう,より一層努めていただきたい。
→ABprojectでは、かねてより「法学の基礎基本」が大事であると繰り返し提唱している。これは、司法試験合格レベルでも変わらないようである。優秀層の言うことに必死にくらいつくのも大切であるが、一旦立ち止まって足元を見、「法学の基礎基本」を固める選択をしてもいいのではないか。基礎基本を固めるための方法は何も難しいものではない。要件効果を意識して、法的三段論法を繰り返せばいいのである。その過程で「法学の基礎基本」は、勝手に身につく。急がば回れである。
※当たり前のことを当たり前にできるようにするABprojectの徹底指導。
令和2年刑事系第一問の採点実感を読んでみた~その3~ 見えないものを見えるようにするにする
「なぜできないのか?」を基礎基本から説明する。
基礎基本に立ち返らないと見えないことがあるのに、先を急ごうとするのはナンセンスです。
(赤字は筆者)
イ 設問2について
本設問では,出題の趣旨で記載した①ないし③の事実を挙げつつ,これを根拠に実行行為性又は実行の着手,因果関係及び故意を否定するための理論構成を記述することが求められていたが,多くの答案は,必要な記述を展開することができていた。
他方,理論構成に関する基本的理解が不足しているとの印象を受ける答案も目立った。例えば,因果関係を否定する場合には,被害者の特殊事情を判断資料に含めるべきかという視点が不可欠であるところ,このような視点を欠いたまま,諸般の事情の総合的判断によって因果関係を否定するなど,論理過程に疑義のある答案が散見された。また,甲が第2行為を止めたことに着目して,甲に中止犯が成立し,殺人未遂罪になるため,殺人既遂罪は成立しないと結論付ける答案も相当数あった。しかし,中止犯は,未遂犯の成立を前提とする以上,中止犯が成立することが殺人既遂罪の成立を否定する理由とならないことは明らかである。これらの答案は,いずれも総じて,論証パターンを無自覚に記述しているにすぎないとの印象を受けた。
→この辺りの知識は短答過去問でも触れられているはずである。短答過去問の学習は、同時に論文対策にもなる。予備試験・司法試験の過去問は、論文・短答問わず、十分に繰り返しておいて損することは絶対にない。刑法の基本的理解をサポートしてくれる再考の素材ばかりである(刑法に限ったことでないが)。
ウ 設問3について
本設問では,前述2のとおり,⑴ないし⑷の各行為の擬律判断が求められていたところ,これら各行為をまんべんなく検討している答案は少数であった。⑴の行為については,そもそも1項詐欺罪の成否が問題となることを把握できていない答案も多かったが,これを把握できている答案についても,甲が自己名義の預金口座から犯罪によって得た金員の払戻しを請求しているという事情を適切に評価している答案はごく一部にとどまった。
→「少数であった」という記述から推測するに、多くの受験生にとってこの部分は、難しかったのであろう。この点に言及しなかった答案は、「甲が自己名義の預金口座から」払戻を受けていることを評価した結果であろうか。しかし、「犯罪によって得た金員の払戻し」という特殊事情(=典型的なケースでは存在しないであろう事情)に注目して、要件検討をする姿勢は見せられたのではないか。「要件効果」という基本に立ち返って粘りを見せられた受験生は、知識の有無に左右されない正しい法的思考を身につけているものと思われる。
⑵の行為については,横領罪の成否が問われていることを把握できてはいても,その客体が500万円に限定されることや,検討対象となる行為と客体の特定を意識的に結び付けて論じることができている答案は必ずしも多くなかった。
→この点については、上記の通り。
⑶の行為については,早すぎた構成要件実現の処理が問われているところ,甲の計画に反し,第1行為によってAの死亡結果及び財産上の利益の移転が現実化しているため,2項強盗殺人罪の成立を認めるためには,同罪の実行行為及び故意が認められるかを具体的に論ずることが必要になるが,そもそも問題の所在を適切に指摘できている答案は少数にとどまった。例えば,多くの答案が,出題の趣旨で記載した最決平成16年3月22日刑集58巻3号187頁が示した判断要素を前提として,第1行為の段階で実行の着手が認められることから故意既遂犯の成立を導いていたが,実行の着手が認められることが,なぜ故意既遂犯の成立を認める論拠となるのかについて,十分な説明を欠いている答案が多数であった。
→判例をそのまま覚えているだけだから、説明できないのである。故意既遂犯が成立するためには何が必要なのか、を意識していれば、判例の内容を改めて整理してインプットし、それを答案上でも表現する必要があることに思い至るはずである。
強盗の実行行為性,すなわち第1行為自体,あるいは第1行為と一体的に評価された第2行為が,強盗罪にいう「暴行」に該当するか否かについて論じることができている答案は少数であった。
→ここは、多くの答案において、条文の文言に着目すること、実行行為性という構成要件に着目すること、という基本が出来ていないと指摘されたものである。これらは、いつも当たり前に意識すべきことである。なぜなら、犯罪成立を導く法的根拠であり、要件であるからである。
他方,強盗罪の実行行為性を認める立場からは,同罪の手段と評価し得る行為によりAが死亡した本事例では,強盗の機会性の有無について論じる必要はないはずであるのに,これを長々と論じる答案が散見された。関連する論点をとりあえず書いておこうとするのではなく,具体的な事案の解決において必要となる論点に絞り込んで検討することが肝要である。
→「何を書いていいかわからない」時にとりあえず何かを書いておくパターンで上手くいくことはほとんどない。大抵、墓穴を掘るだけである。「沈黙は金なり」である。司法試験で大事なことは、「間違えないこと」だからである。
少数ながら,甲が500万円の返還を免れたことが昏酔強盗罪の客体に当たるとして同罪の成立を認め,「2項昏酔強盗殺人」という犯罪が成立するとした答案もあった。しかし,条文上,昏酔強盗罪の客体が財物に限られていることは明らかであり,基本的知識の不足と条文を確認する姿勢の欠如が感じられた。
→昏睡強盗罪についてしっかり学んだことがなかったのかもしれない。それは、試験本番においては、もう仕方ない。しかし、試験本番において「条文を確認する姿勢の欠如」があったとすれば、これは、大きな問題である。条文を確認することは普段の学習から無意識的に出来ていなければならないことだからである。試験本番を迎えても条文の一字一句を全て暗記している受験生は、恐らくいない。だからこそ、全受験生は、試験本番でも条文をきちんと確認すべきである。法律家にとって大事なことは「間違えないこと」だからである。
⑷の行為については,腕時計の奪取時点で,Aが生存していたことは問題文上明らかであるのに,死亡していたとして,死者の占有が腕時計に及ぶか否かを論述する答案も散見された。例年指摘しているところであるが,問題文をよく読んで,何が問われているかを正確に把握して検討に取り掛かることが求められる。
→問題文を読んだものの、起案段階になって読んだ内容を正確に記憶していないということは起こり得る。その原因はの一つは、演習不足。もう一つは、刑法の基本的知識が定着しておらず、試験本番で頭の中が混乱してしまっていることである。いずれにしても、これらは、試験本番までの「事前準備」において解決しておくべき問題である。ちなみに、脳の機能不足を感じる受験生には、「脳トレ」をおススメする。現にそれをやって司法試験の成績が伸びた者もいるようである。
なお,本設問で殺人既遂罪の成否を論じず,自説の内容が不明の答案が散見された。このような答案は,設問2での記述を所与の前提としている印象を受けたが,これを前提にするのであれば,設問2に関する記述が自説であることを示しつつ,論じる必要があった。
→答案の書き方に迷う受験生は多いようである。確かに「経験不足」ゆえに、書き方がわからないこともあると思う。しかしながら、近時の出題傾向の変化に対応できないのは、経験不足でなく、法学の基礎不足だと思う。法的主張の構造をきちんと理解した上、問いに答える形で引き直せばいいだけだからである。憲法でも同様の傾向が見られるが、「猿真似」のような学習姿勢では、法の本質に近づくことは難しいだろう。
(続きは後日)
※見える化するならABproject。
令和2年刑事系第一問の採点実感を読んでみた~その2~
あなたが知らない視点や考え方がここにある。
新たな「気付き」があったら嬉しく思います。
(赤字は、筆者)
3 採点実感等
各考査委員から寄せられた意見や感想をまとめると,以下のとおりである。
⑴ 全体について
本問は,前述2のとおり,論じるべき点が多岐にわたるため,厚く論じるべきものと簡潔に論じるべきものとを選別し,手際よく論じる必要があったが,論じる必要のない論点を論じる答案や必ずしも重要とは思われない論点を長々と論じる答案が相当数見られた。
→論じるべきポイントがズレてしまうのは、各論点の理解度の問題もあるが、それ以上に「感覚のズレ」が大きいと思う。暗黙知や常識と言ってもいいと思う。いわゆる論点主義的な答案は、圧倒的にこの部分への意識が希薄なように思う。形式をなぞるだけでなく、場面場面で「その結論をどう思うか」「その理由付けに対してどう感じるか」という点を意識して学習を進めるといいと思う。法が目指す「正義」は、言ってしまえば価値観である。あまりそのような観念的な話をされることはないかもしれないが、法の世界にあるそういったものを学んでいくことも、法律を理解するためには大事なことだと思う。
規範定立部分については,論証パターンの書き写しに終始しているのではないかと思われるものが多く,中には,①本問を論じる上で必要のない点についてまで論証パターンの一環として記述を行うものもあったほか,②論述として,表面的にはそれらしい言葉を用いているものの,論点の正確な理解ができていないのではないかと不安を覚える答案が目に付いた。また,③規範定立と当てはめを明確に区別することなく,問題文に現れた事実を抜き出しただけで,その事実が持つ法的意味を特段論じずに結論を記載する答案も少なからず見られた。これは,論点の正確な理解とも関係するところであり,一定の事実がいかなる法的意味を有するかを意識しつつ,結論に至るまでの法的思考過程を論理的に的確に示すことが求められる。(丸数字と下線は筆者)
→他の科目でも言及したが「論証パターン」は必ずしも悪ではない。問題は使い方と使い手の能力のである。①は、検討すべき対象を正確に認識できているとは言えないから、法的思考力が乏しい。②は、規範等の理解が乏しい。論証を正確に書き写しても、あてはめで理解の浅さはすぐばれる。③は、時間がなかったからかもしれないが、法的三段論法としてふさわしいものとは言えない。部分的に簡略化することはやむを得ないかもしれないが、答案の全体を通して「法的三段論法くらい当然できます」というアピールは必要である。そうすれば、問題ない。
⑵ 各設問について
ア 設問1について
本設問では,Bの交付行為によってAに対する債務が消滅することを構成要件上,どのように評価するべきかという問題意識の下,出題の趣旨に記載した見解の対立構造を示しつつ,恐喝罪の構成要件該当性について正確な法的理解を示すことが求められるが,違法性阻却の問題とした上で,専ら事実関係の評価を変えることで損害額を論じる答案が目立ち,上記の点を的確に検討できている答案は比較的少数であった。
→論点を知らなかったことが直ちに「不良」との評価を招くわけではない。問題は、犯罪の成否を検討するにあたり、構成要件該当性の検討も求められることをどの程度意識できていたかである。問題文を読んだ瞬間「違法性阻却の問題だ!」と決めつけてしまっていなかったか。犯罪成立を認定するためには、全ての要件該当性を漏れなく検討する必要がある。その基本を忘れてはいけない。
甲に成立する財産犯について,1項恐喝罪を認める答案が多かったが,客体が財物に該当するか否かを意識して論じるものは少数であったほか,恐喝罪の構成要件要素を正確に摘示しないなど,同罪の構成要件要素全般に関する理解が十分示されていない答案が散見された。
→ここも「犯罪成立要件を漏れなく検討せよ」と言われているだけである。法学の基本である。
また,甲に詐欺既遂罪の成立を認める答案も散見されたが,Bは債権額については誤信しておらず,また,甲を暴力団組員と誤信した点は,畏怖の念を生じさせる一材料にとどまっているため,詐欺未遂罪はともかく,詐欺既遂罪の成立は認め難いところ,これを認める答案については構成要件要素の検討が不十分であるとの印象を受けた。
→詐欺既遂罪を検討したこと自体は悪くない。確かに甲は、債権額を偽っているからである。しかし、既遂を認めるためには、全ての構成要件の充足を認定する必要があるところ、その検討過程で要件不充足に気付けなかったことが問題である。要件を一つ一つ精緻に解釈しているのは、間違った法的結論に至らないためである(=正義の実現)。とするならば、要件充足性を検討した結果、通常認め難い結論に至ってしまうのは、法の趣旨を没却する重大なヒューマンエラーが原因である。法律家の卵たる司法試験合格者にふさわしいか否かは、言うまでもない。
なお,少数ながら,甲に強盗罪の成立を認める答案もあったが,行為態様からすれば,反抗抑圧に足りる程度の脅迫は認め難く,同罪の成立は一層困難といえ,具体的な事実の構成要件への当てはめができていないとの印象を受けた。
→当てはめについては、相場観がある。上記でも言及したが、「感覚」のようなものである。行為態様に照らして強盗罪で定める重い刑を科することが妥当と言えるか(比例原則的思考)?、判例に照らして妥当か(法の公平性等)?など、様々な角度から「結論の妥当性」を間違わずに判断できるように分析できる必要がある。
(続きは明日)
※他にはない気付きがここに。